努力する子の育て方

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チェスとIQのパラドックスから読み解く、IQで人間の何がわかるか(1)

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昨年2019年はNHKでギフテッド特集が組まれたり、ギフテッド関連の書籍が立て続けに上梓されたりして、ギフテッドという概念が社会に向けて大きく発信された年でありました。

私がギフテッドという概念に真剣に触れ始めたのは2018年ですから、私自身がかなりの新参者ですが、ネットの片隅でギフテッドに関して発信している者の端くれとして、昨年はギフテッドをめぐる環境にポジティブな流れを感じ、なかなか嬉しい気持ちになりました。

そんな良い流れの中で一つ心配なのは、やはりギフテッドをめぐる議論において、「高IQ」という特徴ばかりがやたらと取り上げられてしまうということです。ギフテッドがIQテストで高いスコアを示す確率が高いという話が一人歩きしているという印象は、昨年のNHKのギフテッド特集を見ていても、大いに感じるところでした。 


以前の記事にも書いた通り、この問題はIQというものに関する無理解、IQリテラシーの低さにも端を発していると思っています。日本には知能研究の専門家が少なく、メディアでのIQの取り上げられ方にも問題が多い。そうした状況が、「歪んだIQ神話」とも言うべき、IQに対する非科学的な思い込み、証拠のない幻想を社会で生き長らえさせる、そんな風に感じています。

IQから実際何がわかるかという問題

心理学研究の世界で「知能(Intelligence)」は、人間の知的活動全般に共通に関わる因子と定義され、特定分野の専門性のみに関わる因子とは明確に区別されています。そしてこの定義に基づく「知能」を測定するためのテストのスコア、それがIQです。つまりIQは、人間の知的活動全般に広く関わる知的能力の数値化を試みたものです。

一方、以前の記事でも書きましたが、歴史的にギフテッド教育が目指してきたゴールは、高い能力を発揮して、社会で、特定分野の進歩や変革を生み出しうる人材の育成です。つまり、教育分野におけるギフテッドは、将来何かの領域で傑出した能力を発揮する人材となり得るポテンシャルを持った子供ということになります。


しかしIQは、ギフテッドに期待される特定分野における高い能力を直接反映した指標ではありません。それならば、IQはそうした特定分野における能力の将来予測に有用な指標なのでしょうか?ギフテッドとIQの関係性を語る時、本質的な問題になるのはそこの部分です。

そう疑問に思って実際の研究結果を眺めてみると・・・実は近年の研究では、IQというものと人間の専門性、技能の間には、これまで考えられていた以上に小さな関係性しか見られないことを示唆する結果が積みあがってきています。

そこで今回は、IQという指標から人間の適性や能力を推定することの難しさを示すわかりやすい例として、長年の研究が蓄積している、チェスとIQの関係性の研究を見ていくことにしましょう。

チェスとIQのパラドックス

チェスは、極めて知的なゲームです。勝つためには基本的なルールを覚えるだけでなく、何手も先の盤面を思い描き、戦局を予測検討しながら、無数に可能性がある駒の動きの中で、勝利にもっとも近いと思われる選択肢を選んでいかねばなりません。そうした思考作業を道具に頼らず、全て脳内で行う必要があるのがチェスです。

そしてチェスでは、相手に勝つためには戦局の読みで相手を上回る必要があります。つまり、強いチェスプレイヤーほど、勝つために相手より深く、正確に先の戦局を考える能力があると言えます。すなわち、チェスの強さ、能力には深い思考力が必要不可欠です。

チェスに必要な能力は思考力です。すると、その思考活動には、駒の配置と可能な動きから戦局を判断する視覚パターン認識、脳内で盤面を操作し考えるためのワーキングメモリと図形推理、計算といった、人間の知的活動に普遍的に関わると考えられる能力、すなわち「知能(Intelligence)」が重要な役割を果たすのではないかと当然考えられます。

だから、チェスの能力とIQの間には、大いに関係がある。そう思いますよね?それはとっても自然な推測です。しかし近年の研究からは、チェスとIQの間の相関は、実際にはとても小さいということがわかってきています。

高い知能が要求されると想像されるチェスの能力と、知能を数値化したものであるIQの間に強い関係性が見出せない、それが、長年研究対象となってきた、チェスとIQにまつわるパラドックスです。

 

 

長い研究の歴史の中で疑問視され続けてきたチェスとIQの関係

チェスが高度な思考力を要求するのは明白であることから、多くの研究者もまた、チェス能力がIQと相関すると予想して、その検証を行ってきました。チェス能力と認知能力の関係性の検証を初めて試みたのは、ビネー式知能検査の生みの親、アルフレッド・ビネー博士の1897年の報告であると言われます。

その後実に100年以上に渡ってチェスと認知能力、IQの関係性の研究は繰り返されてきました。そして、実に多くの研究が、予測を裏切る結果を報告してきました。

チェスとIQの相関研究は非常にたくさんあり、その想像を裏切る結果をレビューとしてまとめた論文もまた非常にたくさん見つかりますが、例えばこの"Does chess need intelligence? - A study with young chess players"という挑発的なタイトルの論文の序盤には、そうしたチェスとIQの研究の歴史、そしてその関係性に薄さについてが、非常にわかりやすくまとまっています。

https://www.researchgate.net/publication/222434978_Does_chess_need_intelligence_-_A_study_with_young_chess_players

いくつか抜粋すると、例えば、Djakowらによる1927年の論文では、知能テストと視空間記憶検査を使ってチェスの世界チャンピオンや有力プレイヤーとチェスをしない一般成人を比較し、差がみられないことが報告されています。

DollとMayrの1987年の論文でも、やはりいくつかの知能テスト指標を使って、世界レベルのチェスプレイヤーのIQが一般的なチェスプレイヤーのIQと大差ないという結果が報告されています。

Unterrainerらの2006年の論文でも、チェスの強さ(レーティング)と図形行列推定テストであるレーヴン漸進マトリックステスト、ウェクスラー式テストのサブテストである「数唱」のスコアなどに有意な相関が見られないことが報告されています。

しかし一方で、チェスとIQの間に有意な相関を報告した研究もあります。例えばFrydmanとLynnの1992年の論文では、チェスが強いベルギーの子供を対象にWISCを実施し、その平均IQが120と一般的な平均より高く、またチェス能力と有意に正の相関を示すことが報告されています。

また、HorganとMorganの研究でも、大人並みの実力を示す子供を対象にレーヴン漸進マトリックステストを実施し、そのスコアとチェス能力の間に有意な相関を報告しています。

単純ではないチェスとIQの関係

上記で紹介した"Does chess need intelligence? - A study with young chess players"というBilalicらによる論文においても、WISC-IIIのサブテストを使って、対象としたチェスをする子供の平均IQを120と報告しています。また相関解析からも、IQとチェス能力の間に、r = 0.2~0.4程度の弱~中程度の有意な相関を見出しています。

しかしこの論文は、チェスとIQの関係性に関わる、非常に複雑な発見を報告しました。それは、チェスをプレイする子供達の平均IQは120と一般よりも高く、またIQとチェス能力の間の有意な相関関係も見出した一方で、特にチェスの強い子供達に対象を絞って解析を行うと、チェス能力とIQの相関は下がるどころかマイナスになるという結果です。

チェス-IQ研究の総まとめ、メタ解析

しかし、長年行われてきたこうしたチェスとIQの相関研究には、一つ共通の問題点がありました。それは、サンプル数が限られるということ。チェスとIQの研究は、多くても数十人のチェスプレイヤーしか対象としていない、小さなサンプル数によるものがほとんどです。

こうした小さなサンプルサイズでは統計解析の検出力も弱まり、また結果もばらつきます。チェスとIQの関係性に一貫した結果が見出せない理由がこのサンプルサイズにある可能性が考えられました。

そこで2016年、Burgoyneらによって、チェスとIQの関係性に関するメタ解析が実施されました。メタ解析は過去に報告された研究結果の中から信頼性が高いものを収集、統合し、それらをまとめて統計解析を実施する研究手法であり、より多くのデータから、信頼性の高い結論を導くことができます。

https://artscimedia.case.edu/wp-content/uploads/sites/141/2016/12/22143817/Burgoyne-Sala-Gobet-Macnamara-Campitelli-Hambrick-2016.pdf


その結果を見てみると、チェス能力と下位の知能指標の間に有意な相関関係は見出されました。しかし、その相関係数は小さく、流動性知能指標Gfとの相関は0.24、結晶性知能指標Gcとの相関が0.22、短期記憶Gsmが0.25、処理速度Gsが0.24と、いずれも弱いレベルの相関関係しか見出されませんでした。そして、各知能指標を統合した全検査IQ(FSIQ)とチェス能力の間には、有意な相関は見出されませんでした。

チェスが強くなると、IQの意味はさらに小さくなる

上で紹介したBialicらの2006年の論文では、チェスが特に強い子供のグループで、チェスの強さとIQの間の相関がマイナスになったことが報告されていました。Burgoyneらも同様に、大人と子供、チェスのレーティングが高い人低い人、チェスランキングに入っている人入っていない人といった能力別の区分でサンプルを分け、IQ指標とチェス能力の間の相関関係をメタ解析しています。

その結果、やはりチェス能力が高いグループでは、チェス能力が低いグループに比べてチェス能力とIQ指標の間の相関がはっきり小さくなることが見出されました。

例えば18歳でラインを引き、大人と子供でチェス能力と流動性知能指標Gfの相関を見ると、子供では r = 0.32 と有意な相関が見られるのに対し、大人では r = 0.11 と、有意な相関が見られなくなりました。

またチェスのランキング入りしている強いプレイヤーとランキング外のプレイヤーに分けて同様の解析を行うと、ランキング外のプレイヤーでは r = 0.32と有意に高い正の相関関係が認められたのに対し、ランキング入りしている強いプレイヤーでのチェス能力と流動性知能指標Gfの相関は r = 0.14と低下していました。

そして面白いことに、チェスレーティング2000でラインを引き(平均的チェスプレイヤーのレーティングが1500)、高レーティングの強いプレイヤーとそうでないプレイヤーに分けて同じ解析を行うと、高いレーティングを持つプレイヤーでの チェス能力と流動性知能指標Gfの相関は r = -0.1 と、なんと負の相関に傾きました。一方、レーティング2000未満のプレイヤーでの相関は r = 0.1でした。

下の図は、Burgoyneらの論文から引用した、上記の相関係数を基にチェス能力に対する流動性知能指標Gfの説明率、つまりGf指標でチェス能力というものがどれぐらい決定されると見做せるかを示したグラフです。

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Burgoyne et al., 2016 The relationship between cognitive ability and chess skill: A comprehensive meta-analysis より引用


図が示す通り、(左から)ランキング入りする強いプレイヤーでのGfによる説明率はたったの2%、ランキング入りしないプレイヤーでの説明率も10%程度です。18歳以上の大人では、Gfによる説明率はわずか1%、子供でもやはり10%と、流動性知能Gfがチェス能力に寄与する割合は全般的に小さく、また強いプレイヤーや大人ではGfの寄与率は非常に小さくなることが、メタ解析からも示されました。

 

 

IQはチェスの才能予測にほとんど役立たない

と、これまで見てきたように、チェス能力とIQ、認知能力の相関研究は、チェスとIQの間に強い相関はないことを示しています。

特に注目すべきは、子供や初心者、チェスがまだ強くない段階の人ではIQとチェス能力の相関が比較的見られるのに対し、チェスのエキスパートやチェスが強い人ではその相関がほとんどなくなり、マイナスになったりするという事実です。

この結果は、子供が将来チェスの分野で強くなれるか、プロになれるか、といった高いレベルでの能力予測、才能の予測の指標として、IQテストの結果がほぼ役にたたないということを示しています。

「でもチェスプレイヤーの平均IQは一般人より高いのでは?」とひっかかる人もいるかもしれません。確かに、チェスの能力との強い相関関係は見出せなくとも、チェスプレイヤーの平均IQは一般人の平均よりも高いという結果が比較的多くの研究で得られています。

Burgoyneらのメタ解析でも、チェスプレイヤーの平均全検査IQはやはり120程度となっており、チェスプレイヤーが高いIQ値を示すことが支持されました。またBiliacらのデータでは、特にチェスの強い子供達の平均IQは133と、それ以外の子供達の平均IQ114を上回っていました。

しかし注意すべきは、これはただ平均を見たに過ぎないということです。平均値だけからは相関も議論できなければ、因果関係もわかりません。例えばBiliacらのデータを細かく見ると、特にチェスの強い子供達のIQの分布は108から157、それ以外の子供達のIQの分布は86から147といずれも大きくばらつき、また2つの分布は範囲が大きく重なっています。

さらにGrabnerらの研究では、レーティング2400付近の世界レベル、マスタークラスのチェスプレイヤーで、IQ80を切るケースが報告されています。またDollとMayrらの過去の研究では、レーティング2200を超えるマスタークラスのチェスプレイヤーのIQについて、86から127という大きなばらつきが報告されています。

https://ethz.ch/content/dam/ethz/special-interest/gess/ifv/professur-lehr-und-lernforschung/publikationen-stern/ab-2005/Artikel/Grabner_Stern_Neubauer_Acta_2006.pdf


こうした結果を合わせて考えれば、チェスがどれだけ強くなるか、プロになれるかといった才能、将来性をIQスコアから推測することは、やはり極めて難しいと言えるでしょう。

チェス能力とチェスの練習量はよく相関する

IQがチェス能力の決定因子としては非常に弱いならば、チェス能力の決定因子として有力な要素は、一体何でしょうか?これまでの研究からよくわかっているのは、チェスの練習や、チェスの経験です。

チェスの練習量やチェス経験の長さは、IQに比べてずっと良くチェス能力と相関することが知られています。実際、チェスの練習量とチェス能力間の正の相関はどの研究でも一致して見出されています。例えばチェスの練習量とチェス能力の関係性については以下の論文によくまとまっていますが、その相関係数は0.4から0.9(!)と、中程度から非常に強いと言って良いレベルの数字が報告されています。

https://www.researchgate.net/publication/226396370_Deliberate_Practice_Necessary_But_Not_Sufficient



知的活動だからIQが密接に関わるという推測は通用しない

チェスの練習がチェス能力とよく相関するという観察は、「そりゃそうだ」と感じるくらいやはり私達の直感によく合致する話です。しかしそう言ってしまえば、チェスの強さにIQが重要であるという想像もまた、直感的には非常にしっくりくるものです。

それなのに、前者は研究結果で支持されて、後者は支持されない。チェスとIQのパラドックスの話は、思考が関わる知的活動であるからといって、証拠もなくIQが関係する、IQ指標を使って何かわかると思いこむことの危険性を私達に教えてくれています。

そして同時に、このチェスとIQのパラドックスは、チェスの強さから人間のIQを推定することもまた非現実的であることを示しています。



しかし、一体どうしてチェスとIQ、認知能力の間の相関は、これほど弱いのでしょうか?次の記事では、チェス能力とIQが解離する理由や、その意味するところについて、最近の研究を紐解きながら見ていきたいと思います。 www.giftedpower.net