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チェスとIQのパラドックスから読み解く、IQで人間の何がわかるか(2)

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前回の記事では、思考力・知的活動に強く依存するチェスと、人間の知的活動に普遍的に関わる一般知能を指数化したIQの間の相関の無さを紹介していきました。


しかし、なぜIQはチェス能力とそこまで相関しないのでしょうか?記憶力の良い人はチェスの盤面をたくさん記憶できてチェスが強くなりそうですし、ワーキングメモリ―が強ければ頭の中で駒を動かして先の盤面を読むのも簡単そうです。視空間認知能力の高さは、全般的にチェスに有利に働きそうだというのは、全くもってありそうなことではないでしょうか。

それにも関わらず、こうしたIQテスト的認知能力と、チェス能力の間にはごく弱い相関しか認められません。それを示した研究結果を見てきた後でも、これはやはり、結構不思議なことに感じられます。

結論から言えば、IQテストの結果とチェス能力が解離する理由は、チェスという専門領域での能力とIQテスト的な認知能力というものが非連続的なものであるからだと考えられます。チェスで強くなるためにはIQテスト的な汎用性のある認知能力ではなく、チェスにだけ使われる、チェス特有の知識と認知プロセスを訓練によって身につけることが必要なのです。


それでは、どんな研究結果からそんなことが考えられるか、具体的に見ていくことにしましょう。

強いチェスプレイヤーにおけるチェス固有の認知プロセスの存在

強いチェスプレイヤーは、チェスに関する事をその他の事とは違ったプロセスで処理する。そのヒントを初めて示したのは、Djakowらによる1927年の研究であると考えられます。

前回の記事でも紹介したように、Djakow らの研究は、当時のチェスの世界チャンピオンや有力プレイヤーのIQや視空間記憶を調べ、一般人と大差ないことを報告しています。しかし、非常に興味深いことに、この研究では「チェス盤のような8x8のボードを課題に使った場合」にはチェスチャンピオンらの視空間記憶タスクの結果は一般人よりも高くなり、さらに「チェス盤とチェスの駒を使った課題」の場合には、そのスコアは一般人よりも明確に高くなった、という結果が併せて報告されています。

Ellis (1973)の研究でもまた、これと似た傾向が示されました。この研究は、チェスプレイヤーと一般人で、チェス盤の上の駒の配置が前後で変化したかどうかを答える視空間記憶タスクを比較し、チェスプレイヤーの方が成績が良いことを示しました。

しかし面白いことに、チェスプレイヤーの成績が良くなるのはこの課題がチェス盤の上にチェスの駒を置いて行われた場合のみであり、駒をドットに変えて同じ課題を行うと、チェスプレイヤーの成績は一般人と変わらなくなることがわかったのです(これらの研究は下記の論文のイントロでよくレビューされています)。

https://www.researchgate.net/publication/222434978_Does_chess_need_intelligence_-_A_study_with_young_chess_players

さらに同じような結論が、Watersらの2003年の研究からも導かれています。Watersらは、イギリスのチェスマスターを含む様々なレベルのチェスプレイヤーを対象に、視空間記憶課題とそのチェスの強さ(レーティング)の間の相関を調査しました。

その結果、チェスの強さと一般的な視空間記憶課題の間の相関は r = 0.03とほとんど見出されず、またチェスマスターの視空間記憶課題のスコアは、他のチェスプレイヤーの他、チェスをしない一般人の平均と比べても高くない(むしろ少々低い)という結果が得られました。

しかし、この研究でもまた、一般的な視空間記憶課題ではなく、チェスの対局中に出現するチェスの駒の配置(盤面)を5秒間で覚えるというチェスに関連する内容での視空間記憶課題のスコアは、r = 0.68とチェスの強さとよく相関するということがわかりました。

https://www.researchgate.net/publication/10957314_Visuospatial_abilities_of_chess_players


チェスプレイヤーの視空間認知機能の優位性が、チェスに関する情報を用いた課題でしか発揮されないことを示すこうした研究結果は、チェス能力の高さ支えるのはIQテストで測定されるような一般的な認知能力ではなく、チェス固有の知識を利用した、チェス特有の認知情報処理プロセスであることを示しています。

そして、チェスの能力と最もよく相関するのはチェスの練習量であるという事実を鑑みれば、結局チェスが強くなるために本質的に大事なのは、IQの高さよりもいかにチェスの練習に励み、このチェス固有の認知情報処理プロセスを充実させるか、すなわち、チェスに関する努力の才能である、ということになるでしょう。

 

 

専門的能力とIQの解離はチェス以外の分野でも見られる

チェスというのはゲームであり、その知識や思考プロセスはある種のパズル同様非常に専門的で、一般的な勉強や仕事からはかけ離れています。チェスがIQと解離するという現象もまた、チェス特有のものという可能性も考えられはしないでしょうか?

ところが、専門的な能力とIQの関係を調べたその他の研究においては、やはりチェスとIQの研究で見られたような、専門的能力とIQの解離が見られることが報告されてきています。その具体例を少し見ていくことにしましょう。

楽器演奏とIQの不思議な関係

IQは学校の勉強と関連するイメージが強いことから、楽器演奏のスキルとIQの間には大した関係性が元々ないと考える人が多いかもしれません。しかし、実は楽器の上手な人は音楽をやらない人よりも、有意に高いIQを示すという結果が知られています。

例えばRuthsatzらの2007年の論文では、高校のバンドメンバー、音楽を学ぶ大学生、専門の音楽院のオーケストラメンバーという様に、様々なレベルのミュージシャンを対象としてレーヴン漸進マトリックステストを実施しました。その結果、音楽院のオーケストラメンバーはIQ換算で平均113と、高いスコアを示すことが報告されています。

さらにこの論文ではIQと音楽技能の間の相関を調べ、高校のバンドメンバーではIQと音楽技能が弱いながらも正の相関を示す(r = 0.2~0.3)ことがわかりました。しかし、これまた興味深いことに、このIQと音楽技能の相関は、最も高い音楽技能を持つ専門音楽院のオーケストラメンバーではr = 0.11と有意ではなくなることもわかったのです。

Becoming an expert in the musical domain: It takes more than just practice - ScienceDirect

IQと相関しない科学者の生産性

同様のパターンが、科学研究についても知られています。例えばRoe (1953)やGibsonとLight (1967)など科学者のIQを調べた研究では、科学者はIQテスト、認知能力テストで軒並み高いスコアを示すことが報告されています。例えば、Roe (1953)では科学者のIQのレンジは121~177、GibsonとLight (1967)では110~141と報告されています。

https://www.gwern.net/docs/iq/roe/1953-roe-psychologists.pdf

Intelligence among University Scientists | Nature


しかし、上記の研究では科学者のIQが一般的平均に比べて高い一方で、著名な科学者のIQは、博士号保持者の平均と比べて低いことも多々あるという事実もまた報告されています。

また、論文の数や、論文の総引用回数、論文当たりの引用回数など、科学者の研究生産性の指標とIQの相関を調べたBayer and Folger (1966)、Law et al. (2008)などの研究からは、こうした研究生産性の指標とIQの間の相関はほぼゼロに近いということが知られています。

https://www.jstor.org/stable/2111920?seq=1#metadata_info_tab_contents

 

https://scholars.hkbu.edu.hk/ws/files/55629930/RO_mgnt_ja-2_JA028559.pdf

 


以上のように、音楽や科学研究の分野においてもまた、高い専門的能力を持つ人が平均として高いIQを示す一方で、高い専門的能力をもつ人の中ではIQが能力の高さと相関しないという、チェスで見られたものとほぼ同じパターンが見出されています。

 

 

IQテストの結果が専門的能力の予測に使えないことを支持する実証的研究

これまでに紹介してきた研究は全て、IQと専門能力の間の相関関係に注目した研究でした。しかし、チェスや音楽など専門的能力とIQテスト的認知能力との間の関連性は、効果的な教育プログラムの研究という別の方向性からもまた、否定されてきています。

知識と能力の応用性から課題の間の距離を測る

私達は学習した内容を一般化、応用する能力を持ちます。そして、この学習内容の応用は、身につけた内容と課題の間に共通点が多いほど簡単に、少ないほど困難になります。

例えば、ラテン語の知識はラテン語の読解に間違いなく役に立つ一方、ラテン語にルーツを持つイタリア語やスペイン語を読み解く上でも多少の応用が可能です。しかし、ラテン語は文字も文法も異なる日本語の読解には、ほぼ役に立ちません。このように、知識や能力がどの程度応用できるかは、学習内容と課題の共通点の多寡に依存していると考えられます。

実は、この能力や知識の応用は、2つの課題の類似性が、一般的にイメージするよりもかなり高くないと難しいことが研究からわかってきています。例えば、文字行列や数列を使った行列推理課題と、図形行列推理課題、どちらも帰納的推論課題なのでそれぞれの知識が応用できそうだと考えるところですが、実際には数列や文字列推論と図形的推論のトレーニングをしても、お互いのスコアにはほとんど影響がないことが示されています。

https://www.researchgate.net/publication/38027934_Cognitive_plasticity_in_adulthood_and_old_age_Gauging_the_generality_of_cognitive_intervention_effects


https://www.researchgate.net/publication/308839928_Do_Brain-Training_Programs_Work


また、ワーキングメモリーのトレーニングも、ワーキングメモリ―課題以外の認知能力を上げる効果は期待できないことがメタ解析から示されています。

https://www.researchgate.net/publication/225051707_Is_Working_Memory_Training_Effective_A_Meta-Analytic_Review


このように、片方の課題の訓練がもう片方の課題のスコアにどれくらい影響するかを見る実験は、2つの課題に関わる知識や能力がどれだけ共通であるかの推定に用いることができます。

それでは、IQテスト的認知能力とチェス、音楽の間の能力や知識の共通性は、どれほどなのでしょうか?チェスのトレーニングが子供のIQ、認知能力に影響を与えるかを注意深く調べた研究では、プラセボ効果を除くためにチェス以外の代替アクティビティをコントロールに用いた場合、チェス授業のIQ、認知能力に与える影響はほとんど見出せないことが報告されました。

また、楽器の訓練プログラムが子供にIQ、認知能力に与える影響を調べた研究においても、音楽教育にプラセボ効果を超えて子供のIQ、認知能力を上げる効果は見られないことがやはり報告されています。

Does Far Transfer Exist? Negative Evidence From Chess, Music, and Working Memory Training


こうした結果は、チェスや音楽のトレーニングでIQテストや認知能力テストのスコアが上がらないこと、すなわち、チェスや音楽の能力とIQテスト的認知能力の間の共通点が多くないことを実証的に示していると言えます。

まとめ

前回の記事から通して、主にチェスの研究の実例から、人間の専門的能力とIQの間にはあまり関係性が見出せないということを紹介してきました。IQテスト的認知能力と専門的能力の相関研究は、今回紹介したチェスや音楽、科学研究の領域以外についても古くから行われています。しかし、これまでにIQテスト的認知能力とよく相関がみられる専門能力は、調べた限り、見つかっていません。

こうした研究結果が示す、人間の能力に関する非常に興味深い事実。それは、専門領域での高い能力というのは、IQテストで測定される汎用的な認知能力の延長線上には無いということです。すなわち、人間はIQテスト的認知能力を高め、駆使することで高い専門的能力を発揮しているわけではないということです。

このIQテスト的認知能力と専門的能力の非関連性、非連続性を鑑みれば、IQテストのスコアからその人の専門分野におけるポテンシャルや、特定の分野領域における適性を推測しようとする戦略もまた、これまでに得られている科学的証拠とは相容れない、有効性の非常に疑わしいものであると言えるでしょう。

それはすなわち、「特定の分野で将来的に高い能力を発揮し、革新をもたらす可能性のある人材」という教育的観点でのギフテッドの定義を考えた時、IQの高さ「だけ」でギフテッドを論じ、また探索することの有効性もまた、疑わしいということを示しているということになります。

で、結局IQからは何がわかるか

・・・で、結局IQで人間の何がわかるの?という問いへの答ですが・・・IQ指標、IQテストからわかるのは、IQテストで測定される認知能力、ということになってしまうのではないかと思います。

もちろん、きちんと標準化され信頼性と妥当性が確認されているIQテストの結果であれば、そのIQスコア、各下位指標のスコアが、同年齢の平均からどれくらい離れているかという情報はわかります。子供の発達面での特徴を知る上では、この情報は非常に有益といえるでしょう。

一方で、大人のIQから手に入る意味のある情報というのは、子供に比べてさらに少なくなると考えられます。大人のIQが相関を示す専門分野や能力は非常に少なく、またその相関の度合いも小さいからです。

チェスや楽器演奏をする人の平均IQが高いという事実から、IQの高さとこうした活動を好むか否かの間に関係があるのではとも言われていますが・・・因果関係をはっきりと示した研究もなく、何よりIQテストのスコアもまた訓練によって上げることができるということも考えれば、何が原因で何が結果かは良くわかりません。

というわけで、実際の研究証拠から見ていくと、IQという指標を通じて人間についてわかることは非常に限られていて、IQというのはそれほど優れた指標ではない、というのがこれまでの100年以上にわたる人間の知能研究が示していること、そう言えるのではないでしょうか。

まあ、IQについて色々調べた上での私個人の見解ですが・・・IQなんて気にしても、やはりそんなに意味はないんじゃないかと思います。・・・特に大人は、ですね。

 

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