努力する子の育て方

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どうしてIQ130?ギフテッド判定のIQスコア基準値を考える

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前回は複数のギフテッドの定義について書きましたが、才能教育的定義においても発達心理学的定義においても、ギフテッドの判定基準として一番メジャーな要素は、今も昔もやはりIQテストです。ギフテッドの研究論文でIQに関する記述が出てこないものはまずありませんし、アメリカ、フランス、ドイツ、様々な国で、IQはギフテッド判定の重要な要素として用いられています。

ギフテッドの判定基準では、しばしばIQスコアのカットオフラインが示されます。例えばWISCで平均より2標準偏差上の130というIQスコアは、もはやギフテッドを語る上でのアイコンと化しつつあるほどメジャーな判定ラインです。

しかし、ギフテッドの判定基準としてIQスコアが使われる場合、基準値が130に設定されることが多いのは、どうしてなんでしょうか?ちょっと考えてみたいと思います。

(以下の議論はほぼ全て、ギフテッドの「才能教育的定義」の話、特に知的ギフテッドに限った話になります)

 

なぜギフテッドのIQカットオフラインをもっと上げないのかという問題

才能教育的な視点にもとづくと、「ギフテッド」は将来高い能力を身につけ、何かの分野で革新を生みだすポテンシャルを有する子供です。過去にそうした革新を生みだしてきた偉人達の研究から、そうした「天才」達は何かしら普通の人とは一線を画する特徴や能力を備えていたと考えられています。

「普通ではない能力を備えた天才」をイメージする時、IQ130というよくあるカットオフラインが「正直低すぎるのでは?」と感じる人もいることでしょう。IQ130以上というのはおよそ同年齢の上位2%のスコアです。人口の2%というのは「普通ではない能力を備えた天才」の出現頻度としては、たしかに高すぎると感じられます。

「普通ではない能力を備えた革新性を生み出せるポテンシャルを持つ子供」を発見してくるのであれば、もっとIQテストのスコア基準値を上げて、もっと「知的に普通ではない子供」をギフテッドとするべきではないか、そういう意見もたまに耳にしますし、一つの可能性としては十分に考えられるアイディアです。

しかし実は、IQスコアの基準値を上げることでギフテッドを絞り込むという方法は、ギフテッド教育のゴールから見てあまり有効でないことを示唆する証拠が、これまでの研究から色々とあがってきています。

IQスコアと革新的創造性の相関

「ギフテッドの選別により高いIQカットオフを使うべき」という主張への反証として非常に有名な結果は、スタンフォード・ビネー知能テストの生みの親、ルイス・ターマン博士の研究です。

20世紀初頭、ターマン博士は自ら改良したスタンフォード・ビネーテストを使って高い知能指数を示す子供1000人以上を見つけ出し、その人生を何十年も追跡調査しました。ギフテッドについての世界で初めての大規模追跡調査であるこの研究で使われたIQスコアの基準値は、140だったそうです。

この基準をパスした「ギフテッド」の子供たちの人生を追跡調査した結果、その人生は当たり前のように多種多様で、成功した者もいれば、上手くいったとは言い難い人生を送った者もおり、大多数は特に有名にならず中流の生活を手に入れていました。

ターマン博士の研究から見出された、高いIQスコアをギフテッドの選別に使う戦略への明確なアンチテーゼは、ターマン基準のIQ140 をパスした子供たちからは一人もノーベル賞科学者は出なかったのに対し、実際にターマン博士のテストをパスできなかった子供の中から、二人のノーベル賞物理学者が輩出されたことです。

この事実はターマン博士のギフテッドの判定基準が、高い知性を要求すると考えられる物理学分野での革新的創造性の予測に失敗したことを明確に示しています。ちなみに、同じくノーベル物理学賞の受賞者であるリチャード・ファインマン博士も、自らの高校時代のIQスコアが125であったと語ったことが知られています。

ターマン博士の研究以降も、高いIQスコアと個人の社会的パフォーマンスの相関関係には、疑問視するデータが積みあがってきています。例えば、IQスコアと仕事上のパフォーマンスの間には、そんなに強い相関がないという複数の研究結果があります。

https://www.researchgate.net/publication/228356395_Intelligence_Knowns_and_unknowns

また、IQスコアと創造性の関係性に注目した複数の研究では、IQスコアと創造性の間には一定の相関があるものの、IQスコアが120を超えるグループでは、創造性の差はIQスコア以外の部分に依存するようになるということが示唆されています。

The relationship between intelligence and creativity: New support for the threshold hypothesis by means of empirical breakpoint detection

 

つまり、創造性に関してはIQは120あれば十分というのがこれまでの研究が示唆しているところで(いわゆる"Threshold theory")、ギフテッドの効果的なスクリーニングに、IQスコアの極端に高いカットオフラインが機能しないことを示す根拠となっています。

 

 

IQ基準値をめぐる”大人の事情”

しかし、IQ120で十分という研究結果があるならば、逆になんでギフテッドのIQ基準値を120にしないんだという疑問がもちあがります。多くのギフテッド判定基準ではIQ130のカットオフが採用されていて、120というのは少数派です。

少し考えると、これにはギフテッドのポテンシャル予測という側面とは全く別の理由を見出すことができます。それはギフテッドプログラムの運営上の都合、いわゆる「大人の事情」というやつです。

別にギフテッド教育プログラムに限った話ではありませんが、教育プログラムというものは、決められた予算、リソースの中で実施する必要があります。すると、受け入れられる子供の人数は、利用可能な予算とリソースによって決定されることになります。

予算とリソースの問題はプログラム運営上非常にクリティカルなので、プログラムの参加資格を得る子供が、受け入れ可能な子供の想定人数を大きく超える事態は避けなければなりません。人数が想定を超えて膨れ上がると、プログラムで提供するサービスの質が大きく低下し、結果的にプログラムを維持していくのが難しくなります。

ギフテッドの判定にIQスコアを使う場合、その基準値というのは参加資格を得る子供の数を決める重要な役目を果たします。例えば平均100、標準偏差15で標準化されたウェクスラー式のような標準化IQテストの場合、IQカットオフを120に設定するとどうなるかというと、なんと学区内の就学児童の約10%が参加資格を得られることになります。これを130にすると、約2%まで参加人数は絞れることになります。

つまり、研究上はIQ120が将来的な能力予測の妥当な判定基準と考えられるにも関わらず、メジャーなIQカットオフラインが130に設定されている理由として考えられるのは、ギフテッドプログラムの予算とリソース、学区内の就学児童数を勘案した時に、IQ120というカットオフラインでは参加人数が多くなりすぎて受け入れきれないという、運営上の事情の存在です。

まとめ

以上の様に、ギフテッド判定におけるIQスコアの基準値は、将来的な創造性や社会的パフォーマンスとIQスコアの相関関係研究の結果と、ギフテッド教育プログラムの運営上の事情という2つの要素を勘案して決まってきている可能性が高いと考えられます。

しかし、以下の記事にもあるように、ギフテッド教育の研究が盛んなアメリカではギフテッドの判定にIQスコアを採用しているところは非常に多いですが、IQスコア「のみ」で決めているところというのはもうほとんどないそうです。

www.psychologytoday.com
ギフテッド教育が社会に根付いてくると、多様な基準を使ってよりフレキシブルにギフテッドを定義した結果、少々プログラム参加人数が読めなくなったとしても、教育プログラムの運営がそれほど不安定にならない良い環境ができあがるのかもしれません。

フレキシブルなギフテッドの判定基準があることで、ギフテッド選別のためのスクリーニング戦略の研究(社会実験)もどんどん進むと考えると、理に適っているなあと、感心してしまいます。