努力する子の育て方

努力に勝る才能無し!努力の才能を育てる教育法、ボルダリングによる育児ハック実践、我が家の超個性的なギフテッド児の生態など

うちのギフテッド児の生育歴ふりかえり

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ギフテッドについて調べると、運動能力や言語の習得など、発達の仕方が普通と違うということも結構あるようです。しかし、ケイの発達を今振り返ってみてもまだそうなのですが、子供の発達の何が普通で、何が普通じゃないのかは本当によくわかりません。特に、社会的に問題のない記憶力などの特性部分は、情報がほとんど無いので何がどれくらい普通なのかがわかりずらいですね。

ギフテッドや発達障害に関心がある人で、アスペルガーでADHDで異常値IQのうちの子が、小さいころどんな様子だったか知りたい人もいるかもしれないので、ここにはケイの生育歴を、なるべく詳しく書いてみることにします。

 

 

新生児~乳児期の発達

出生時の検査は特に異常もなく、新生児黄疸が少々出ていた以外は、順調なスタートでした。うちは混合保育でしたが、3か月で首座り、6か月弱で寝返りと、乳児期の発達は非常に平均的でした。11か月でつかまり立ち、1歳すぎてすぐに歩き始め、その後も順調に歩けるようになっていきました。

寝つきは10か月ころまで非常に悪く、夫婦で睡眠不足に苦しみました。しかし、11か月からふと添い寝をやめたとたんに寝つきが劇的に改善し、その後は睡眠の問題は一切なくなりました。

なんでもよく食べる子で、離乳食の進みもスムーズでした。まあそれでも好きだったはずのトマトを急に嫌がりだしたり、突然食事を嫌がったりすることはありましたが、そういうのは結局長続きしなかったので、今ではいい思い出です。

うちの子の言語発達

気持ち遅めだった言葉の発達

ケイからはっきりとした単語が出たのは、1歳を少し過ぎた頃。最初の言葉は犬の名前で、「最初はパパかママか」で競っていた夫婦の「へっ、これは痛みわけだな」的な会話もありました。

しかし、その後の単語の増え方は非常にゆっくりで、1歳半でやっと3、4語くらいと、1歳半検診のギリギリラインだったのを覚えています。実際、生活の中でケイはよく喋っていましたが、そのほとんどが意味の通らないいわゆる「宇宙語」で、我々に認識できる言葉というのがあんまりなかった、という状況でした。それでも一応こちらの言っていることはきちんと理解できていたし、まあいいかなくらいに思っていました。

もしかしたら、ケイの言葉の発達が比較的ゆっくりだったのは、この時期私の仕事の関係で一時的に海外生活していた影響もあるかもしれません。外では英語、家では日本語という環境で、色々混乱した部分はあったかもしれないですね。

2歳半過ぎてついに2語文

その後もゆっくりと単語は増え、絵本に出てくる物を指差して言うのはわりとできていましたが、単語と宇宙語でのお喋りのなかに2語文が出てき始めたのは、2歳半と結構遅い部類でした。周りに比べても遅い感じだったので、色んな育児サイトで調べて、「遅いけど正常な範囲」というのを読んで安心していた記憶があります。この時期、言葉の発達を心配する妻との間では「男の子だから」が合言葉みたいな感じでした。

と、色々心配はしていましたが、3語文は3歳前に出てくるなどして、ケイの言語発達は次第に平均的なレベルに戻っていきます。2歳半ごろからケイは保育園に通い始めていたので、より多くの人に囲まれて、言葉の発達が刺激を受けたのかもしれません。

突然敬語を習得

その後のケイの言葉は大体年齢相応の発達だったと感じますが、一つ変わっていたのは、ケイが5歳前の頃に突然敬語を使いはじめたことです。この敬語はいわゆるアスペルガー症候群の子が誰に対してもいやに丁寧な言葉で話すのとは違い、ケイは知らない大人にだけは敬語で、それ以外の人間には普通の口調ときちんと使い訳ができていました。周りの人はおそらく私たちが教えたと思ったと思いますが、一番びっくりしていたのは、私たちでした。

 

 

 

うちの子の発達と発達障害/ギフテッド特性

ケイが生まれる前から発達障害の知識は持っていたので、ケイにそれらしい特徴が見られないかどうかは、ケイの発達を通じて結構気にしていました。

乳幼児期の顕著な自閉症的特徴はほとんど見られず

ケイは乳児の頃から目もよく合い、よく笑う子だったので、笑顔の写真がたくさん残っています。癇癪を起した時に反り返って泣くということはありましたが、すごく抱っこを嫌がったり、癇癪ばかり起こしているということもなく、同じ動きの繰り返しや逆さバイバイ、オウム返しなどの、典型的な自閉症の特徴は全くありませんでした。言葉の遅れは少々心配でしたが、3歳前には心配なくなったので、自閉症の心配はまったくしていませんでした。まあ、アスペルガー症候群は言葉の遅れや常同行動といった特徴は見られないことが多いので、その辺は矛盾しないのですが。

多動らしきものは2歳過ぎから

これまでの記事でも書いていますが、2歳過ぎから活発な落ち着かない感じが目立ってきました。それでも、それが「理解不能」なレベルではなかったのと、そもそも男児は元気いっぱいの子が多く、またイヤイヤ期でそもそものコントロールが効きづらい時期というのが重なっていたので、どこまで心配するレベルなのかはよくわからなかったです。ただ、子育て支援センターなどではいつも活発具合が目立っていて、みんなで参加するリトミックなどでも参加せずに走り回っていることもあったので、気にはなっていました。

物怖じしなさと人見知りのなさも2歳ごろから顕在化

6か月ごろまでは一応人見知りらしきものはあり、知らない人に抱っこされて泣きだしたこともありましたが、その後ケイの人見知りはどんどん鳴りを潜め、まったく人見知りを感じさせない感じになっていきました。

2歳になって自分で十分に歩けるようになると、その物怖じしなさが顕著に見られるようになります。夫婦で一番驚いていたのは、外出した際にケイが親を気にせず行きたい方向へずんずん歩いていってしまうことでした。後ろから見ていてもまったく後ろを振り返らないので、大きなショッピングモールに行った時に、試しに一人でどこまで行くのか隠れて尾行してみましたが、数百メートル進んで親が完全に見えなくなっても気にせずに、お店に一人で入ってガチャガチャの機械をいじって遊んでいました。

対人積極性は言葉の発達に伴って顕著に

ケイの対人積極性が目立ち始めたのは3歳を過ぎて、言葉が上手になってきてからでした。最初は公園ですれ違う人みんなに笑顔で挨拶、といった感じでしたが、その内知らない大人にどんどん話しかけていくようになりました。親子連れの子供の方に話しかけて一緒に遊ぶこともよくありましたが、なぜか子供ではなくその親の方と会話を始めることが多かったです。5歳にもなると敬語まで使いこなして知らない大人とコミュニケーションをとるようになりましたが、敬語で喋っても話の内容は子供っぽい内容でした。

記憶力の特徴は4歳半ばまで一切見られなかった

ケイの記憶力の話は以前にも書いていますが、ケイの記憶力が良いという認識が出てきたのは、ケイが年中も後半、4歳半をすぎたころでした。それまでは、幼稚園であったことを尋ねても「わすれたー」しか言わないので、「この子の記憶大丈夫かな?」とむしろ心配していたくらいです。

2歳ごろから数字に興味を示しだす

ケイは言葉の発達は遅めでしたが、数字への興味というのは結構早い段階から見られていました。2歳過ぎには数字が読めていて、お店の中に貼ってある値札や看板の数字だけを読んでいました。また、同じころにはもう自分で物を数えるようになっていて、時々間違いながらも20くらいまでは数えられるようになっていました。計算は年中の半ばころに教えてみたらとても興味を持ち、幼稚園のうちに九九はマスターしていました。

3歳ごろから道路標識などの記号の意味に強い興味を示しだした

ケイは小さなころから道路標識やお店の注意書きが気になる性質で、みかけるたびに、「あれはどういう意味?」と聞いていました。自閉症の子が記号が好きというのと似ているなと思っていましたが、ケイの場合は記号そのものが好きなのではなく、その記号が持つ意味が知りたい様子で、機械的に記憶したり絵に書いたりといったことは全くありませんでした。

サリー・アン課題の通過は遅め

年長の初め、5歳半前に、他人の考えを推測する能力の発達を測るサリー・アン課題(心の理論 - 脳科学辞典)をケイにやってみたことがありましたが、普通に間違えていました。その数か月後にまた少し問題を変えて試した時には正解していました。サリー・アン課題の通過は大体4~5歳と言われているので、ケイは少々遅めでした。

 

とりあえず現時点で思いだせる内容を書いていますが、また何か思いだしたら追記していこうと思います。もし特に何か知りたいことがある人がいましたら、メッセージを送って頂ければと思います。