さて、前編では自己決定理論から見た人間のモチベーションの構造について解説しました。この後編では、その自己決定理論の枠組みに沿って、本題の「やる気スイッチ」のメカニズムについて、見ていきましょう。
↓前編の記事になります。未読の方や、この記事での議論がわからなくなった方は、戻って読んでみてください。
自己決定理論の枠組みでやる気スイッチの場所を考えてみる
では、前編で出てきた自己決定理論の提唱するモチベーションの構造をもう一度みながら、まずはやる気スイッチはこの枠組みのどこに入るのか、ということを考えてみます。下の図が前編でも出てきた、自己決定理論によるモチベーションの枠組みです。
やる気スイッチというからには、ONになるとやる気が手に入る機構です。ということは、この枠組みの中で、モチベーションが上昇している部分、そこにやる気スイッチを見つけられそうです。
やる気スイッチにはいくつか種類がある
自己決定理論の中でモチベーションが上昇している部分を探すと、大きく分けて3種類みつけられます。まずは、全くやる気がない無動機付けの状況から、外発的動機付けへと移行する部分。もう一つは、外発的動機付けの中で調整段階を移行していく内在化の部分、そして、完全に自律的な状態である内発的動機付けを獲得する部分です。
つまり自己決定理論の枠組みでみると、やる気スイッチは少なくとも3種類ある、ということになります。では、この3種類のスイッチについて、その特徴とメカニズムを見ていってみましょう。
無動機付けから外発的動機付けへの移行スイッチの特徴とメカニズム
まずは、全くやる気がない無動機付けの状況から、外発的動機付けの外的調整段階への移行部分のスイッチについて考えてみましょう。外的調整の段階は、ご褒美や罰などの存在に完全に依存して行動している段階です。つまり、この状態への移行スイッチとして働くのは、報酬、ご褒美。それが、このやる気スイッチの正体です。
ご褒美の効果は即効性があるので、このスイッチは押した瞬間に明りがつく電気スイッチタイプです。しかし、もう一つ大きな特徴があります。それは、このスイッチは手を離した瞬間にオフになるという点です。ご褒美によって得られるやる気は、ご褒美がなくなった瞬間に消滅してしまうからです。
内在化を引き起こすやる気スイッチの特徴とメカニズム
次に、外発的動機付けの中で内在化による調整段階の移行部分、内在化にあたる部分のスイッチです。まず、この外発的動機付けの調整段階は4段階あります。つまり、このスイッチは単純なON/OFF式ではなく、4段階の多段式切り替えスイッチになっていると言えます。
内在化は、外的な価値や考え方を自分のものにしていくプロセスです。では、この内在化を引き起こす、スイッチと呼べるメカニズムはどんなものでしょうか?自己決定理論では、内在化を引き起こす要因として、3つの欲求を提唱しています。
一つ目は「有能性の欲求」、これは、自分はできるという感覚への欲求です。二つ目は、「自律性の欲求」、自分の行動は自分の裁量で決めて良いという状況への欲求です。三つ目は、「関係性の欲求」、これは他人から自分は理解され、認められているという感覚への欲求です。これらの欲求を満たすために、外的価値の内在化が起こり、自己決定性が上昇する。それが自己決定理論の提唱する調整段階の移行プロセスです。
従って、この3つの欲求を感じるような刺激を与えることが、内在化のスイッチです!・・・と言ってしまえれば簡単なのですが、これはそんなに単純な話ではありません。まず、人が欲求を持つというプロセスが、そもそも自律的なものです。そして、個々人の持つ欲求のレベルというのも、一様ではありません。例えば、「有能性の欲求」というものは皆がある程度持っていますが、その欲求のレベルは人それぞれです。
さらに、人間は欲求があればそれを必ず満たそうとするわけでもありません。欲求不満を抱えたまま、何もしない人というのは沢山います。また、内在化は外的な価値や考え方を自分のものとしていく、つまり、行動の価値、行動の結果が持つ価値、行動が自分にもたらす価値などについて自分で納得するというプロセスです。この「自分で納得する」という部分には、自主的、主体的な思考過程が必要です。
この自己決定性を高めるための内在化のプロセスが、そもそも自律性を必要としているという事実は、自己決定性理論の中で色々と面白い部分だと感じますが、やる気スイッチについて考える時に一番大切な示唆は、恐らく次の点だと思います。
内在化のスイッチは、次第に他人には動かせなくなるスイッチ
内在化が自律性・自発性を伴うプロセスであれば、当然外からの介入を増やしても、そのうち内在化は進みづらくなります。これは以前紹介した、自主性、主体性、自発性の違い、そして自発性の外からの指導が難しいという議論と同じことです。より高い自律性を要求する調整段階からの移行には、より自律的な要素を含む内在化プロセスが必要であり、それは外からの働きかけで起こせるものではなくなってきます。
つまり、内在化の4段階の切り替えスイッチは、段階が進めば進むほど、他人には動かしづらくなるという特徴を持っていると考えられます。最初は何とか他人にも動かすことができても、最後の方は自分でしか動かせなくなるスイッチ、それが内在化のやる気スイッチです。
内発的動機付けスイッチの特徴とメカニズム
内発的動機付け獲得部分のスイッチがどんなものかは、ここまでの議論ですでにある程度推測できてしまっているかと思います。完全に自律的な内発的動機付けを獲得するやる気スイッチは、当然他人には一切触れないものです。そして、本人ですら自由にそのスイッチを操作することは難しいと考えられます。何が好きで何が楽しいと感じるかは、結構な部分が生まれつきの気質に影響されていると考えられるからです。ある時突然ONになり、よほどのことが無い限りONのまま、それが内発的動機付けのスイッチのイメージとしてはピッタリだと思います。
最後に
今回は、自己決定理論の枠組みを使いながら、「やる気スイッチ」についてイメージを膨らませてみました。想像よりも複雑だったなと感じる方や、結局まともに働くスイッチがないということを残念に思う方が多いかもしれません。しかし、電気のスイッチみたいにパチンとやる気が出れば、みんなこんなに苦労していないというのが、悲しいかな現実なのだと思います。
しかし、スイッチを押すように決定的な働きかけはできなかったとしても、子供をより自律的に、高い自己決定性を発揮できるように育てていくことは可能です。そのためにも、動機付け理論の枠組みを使って、常に子供のモチベーションを具体的に、システマチックに理解しながらの育児が、効果的だと思います。