努力する子の育て方

努力に勝る才能無し!努力の才能を育てる教育法、ボルダリングによる育児ハック実践、我が家の超個性的なギフテッド児の生態など

2030年「ギフテッド教育本格化」のニュースに思ったこと

 

 

 

この週末飛び込んできた、「いわゆるギフテッド教育が学習指導要領に入る」というニュース。


前回の学習指導要領の改訂が2020年頃だったので、次の改訂は2030年が目途になります。報道によると早ければ2028年頃から部分的に実施していくとのことで、始まるのは早くても3年後。

3年後というと、小学校で周りと足並みが揃わな過ぎて大変だったうちの長男ケイは高校2年生。

次男のちーちゃんはまだ小6だけれど、そもそもそんなに足並み揃わないタイプではないので、この改定の恩恵に我が家が直接預かることは無いような気がしますね。

でもこの改定によって日本の横並び教育が狭め続けてきた子供達の個性や多様性への理解が社会全体で進めば、それはきっとこの国の社会に良い影響を与えるだろうし、ケイみたいなユニークな個性が将来社会に出て生きていく上でも実際大きなメリットになることでしょう。

まあでも、報道の内容を見て強く感じるのことは、次の学習指導要領の改訂は、日本の横並び教育を変えていくスタートラインが設定されたという意味合いでしかないということ。

実際に日本の教育が変わっていくためには、この先10年ちょっとの間の実際の取り組みがとても大事になってくるというのは、間違いのないことでありましょう。

学習指導要領に入ったから進む、ではない

気づいている人は多いと思いますが、学習指導要領に方針として入ったからといって、それで教育現場の改革が進んでいくかといえばそうではないんですよね。

学習指導要領はあくまで「基準」を示したもので、必修科目の改訂でもない限り、全国的に必ず対応しなければならないわけではありません。

例えば、2020年に改訂された学習指導要領の内容を振り返ってみましょう。

https://www.gov-online.go.jp/article/201903/entry-8992.html

https://www.gov-online.go.jp/prg/prg18688.html

 

2020年の改訂での大きな目玉は、小学校での外国語教育とプログラミング教育の必修化でした。

実際に外国語ではALTやJTE、いわゆる英語の先生の学校配置が、プログラミングではICT機材の導入が全国的に進み、子供達の学校生活の変化を通じてこの改定を肌で感じた人は多いのではないかと思います。

しかし一方で、もう一つの大きなポイントであった「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」の視点での授業改善。こちらは、各地域、各学校、各クラスによって対応のレベルは本当にマチマチです。

例えばうちの地域の小学校では、主体的な学びの機会を増やす狙いで宿題を全面廃止したりしましたが・・・


国内のアクティブラーニング導入事例としてよく引き合いに出される秋田県天童市の天童中部小学校の「フリースタイル学習」と比べたら、どうしても見劣りを感じました。
(天童中部小学校の取り組みについては以下の記事の中で紹介しています)


さらに、これはうちの子の担任の先生を見て実感してきていることですが、同じ学校内でも、先生によって生徒の主体性を引き出す対応の上手さにはかなりの差があります。
(個人的には、以下の記事に書いたようなケイが小6の時の先生の落差が非常に印象に残っています)


こんな風に見ればおよそ察しがつく通り・・・2030年の学習指導要領が変わっても、それがどれほど全国的に、そして自分たちの子供が通う学校やクラスで実効性を発揮していくかは未知数な部分が大きいんですよね。

 

 

親と学校の直接的な連携の仕組みが成功のカギだと思う

これは以前の記事でも書いたことではありますが・・・日本の教育が多様な個性に対応した個別最適化に向けて進んでいくために絶対に必要になってくるのは、親と学校の緊密な連携。


学習指導要領が改訂されて、学校が児童の多様性に対応する方針が明確になったと言っても、不登校や、横並び教育に適応できない子供達への具体的な対応策が突如降ってわいてくるわけではありません。

そもそもこれまでずっと「横並び教育」を続けてきて、そのやり方で良い対応策のアイディアが出ず問題解決に行き詰っているので、状況打開のために方針を大きく変えようとしているという状況なのです。

多様性に対応した個別化教育の実践をしてこなかった日本の学校には、個別化教育の具体的なアイディアも、アイディアを実行するためのリソース配分のノウハウの蓄積もほとんどありません。

つまり、学習指導要領が改訂されたとしても、具体的な対応策はほとんどゼロから事例を蓄積していくことになるという学校側の状況を、親の方もよく理解しておく必要があります。

そして、子供の個性を一番よく理解しているのは親なのだから、その子の個性に合った教育カリキュラムを考えるのは、親の協力無しには上手くいかないというのは、まあ当然のことですよね。

2028年ごろから段階的に始まる10年間は、我が子が学校に上手く適応できるように、親が新しい学校の仕組みとリソースをよく把握しながら、現実的な個別化プランを学校と一緒に作って事例を作り、この国の公教育の脱横並びの土台を盛り固めていく10年間。

今後10年で小学生の親になる人達はそんな心構えでいないと、学校や先生任せにして結局何も変わらない状況にがっかりすることになるのではないかなあと思う次第です。

本当の「脱・横並び教育」へ向けて一歩を踏み出す10年間

今回の学習指導要領の改訂に、4年前に文科省の有識者会議で始まったいわゆるギフテッド教育に関する議論が大きく反映されてきているのは間違いのないことで、この流れは素直に喜ばしいことだと思います。

しかし、日本の公教育で目指すべき「ギフテッド教育」の在り方は、一部の子供達を特別扱いできるようにするものではなくて、特異な才能を示す児童を含めた生徒全員が、必要に応じて個別最適化教育の恩恵を受けられる仕組みづくりである必要がある。

それが、文科省の有識者会議の議論の中でたびたび確認されてきたことでした。


一部の生徒だけではなくて、学校生徒全員が「脱・横並び」の対象になる個別最適化教育の実現が本当のゴール。

そのために、一部生徒への対応事例をまずは蓄積していって、そこからより多くの生徒の学びに適応するユニバーサルデザイン化を進めていくのが文科省の狙いだというのは、非常によくわかります。

次の10年間で多くの好事例が蓄積されて、不登校問題の解決に一定の効果があることが実証され始めたら、その成功事例のユニバーサルデザイン化を進めるのが、そのまた次の10年間・・・。

本当に首尾よく進んだとしても、現実的にはそんな感じのタイムラインにならざるを得ないでしょう。

もうその頃には、うちの子達はとっくに成人していて・・・なんとも気の長い話だなあと、ため息が出ます。

でも、そんなことを考えていてふと気が付きました。今から二十数年後というのは、もしかしたらケイの子供達が就学の心配をしているタイミングなのかもしれないということに。

子供が親のコピーみたいになることは稀だけれど、それでも親の性質を子が受け継ぐ確率というのはそれなりに高いのでね・・・もし彼に子供が生まれたら、我々がしたのと同じ心配を彼らがする可能性もそれなりにあることでしょう。

そんな想像をしていると、この先10年、20年のこの国の教育の行く末というのも、結構身近な問題に感じられるのでした。

とりあえず、文科省がどんな教育個別化の仕組みを作っていくのか、そこのところが当面の注目ポイントになるでしょうか。

流石にもうIQを使って子供の将来性のアセスメント云々みたいな与太話がどこかで持ち上がることは無いと信じていますけど・・・その辺も引き続き見ていく必要はありそうですかね。

二度あることは三度ある、事実は小説よりも奇なり、そんな言葉を思い出すことも実際よくある、とても面白いこの世の中ですから。