努力する子の育て方

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鹿児島県に根付く知能スコアのおかしな教育利用、憂う先生の声(1/2)

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知能の専門家が少ないこの国で、知能検査やIQに関するリテラシー向上を願い、当ブログではIQテストや人間の知能に関する情報提供記事を書いてきています。

以前、学力とIQの相関に関する研究データからアンダーアチーバーの議論について考察した記事を書いたのですが・・・


これを読んだという鹿児島の学校の先生から、大変興味深いメッセージを頂きました。以下、ご本人の許可を得て、個人の特定を避けるために改変・ぼかしを施した上で転載いたします。

 

ケイ父さま

鹿児島県で教員をしている者です。

「IQと学力の関係性と、アンダーアチーバーの議論の危うさ」について興味深く拝読させて頂きました。というのも、本県では知能検査を全県的に市町村がお金(税金)を費やして行っています。また同時にNRTという学力検査も行っており、知能検査との相関にてアンダーアチーバー、オーバーアチーバーなどの指標をもとに、学力向上(アンダーアチーバー0)を目指すよう教育委員会から指示されています。

他県との交流会で本県の取り組みを話したところ「未だに小中学校でそんなことやってるんですか」と鼻で笑われ、調べたところ、同記事をお見かけしたところでした。本県は保守的であり、一人声を上げても中々体質が変わりません。何か良い方法があれば教えて頂ければ幸いです。


私学では知能指数に拘った教育を展開しているところを聞いたりしますけど、公教育で、しかも全県レベルで知能検査の得点を使った教育施策を進めているところがまだあったとは。

心配になったので、ちょっと詳しく聞いてみることにしました。

鹿児島県の知能検査活用による学力向上作戦の実態

メッセージをくれた先生にご協力頂き情報を集めると、鹿児島で行われている知能検査を使った学力向上への取り組みは、概ね以下のような内容でした。

  • 小中学校で、毎年4月に教研式知能検査とNRT標準学力テストを実施

  • 教研式知能検査の結果(知能偏差値)とNRT標準学力検査の結果(学力偏差値)を比べて、実際の学力偏差値と知能偏差値から推定される学力偏差値の差(新成就値)が-8ポイント以下の児童を「本来持つ力を学力に十分発揮出来ていないアンダーアチーバー」とする

  • アンダーアチーバーの出現率を児童の学力と学校での教育指導の効果指標とし、アンダーアチーバー0を目指して教育指導の改善、児童の学力向上を進める

 

聞くと、こうしたアンダーアチーバーに着目した鹿児島県の取り組みは昭和の時代から続いているものらしく、県下の小中学校では毎年アンダーアチーバーの出現率を計算し、前年度と比べて減ったら喜び、減らなかったら悩む、といったことを延々続けてきているそうで。

そして、「アンダーアチーバー・ゼロを目指す」というスローガンは平成末期から殊更に強調され始め、令和の今なお重要な目標として掲げられているという話・・・。

確かに、”アンダーアチーバーゼロ”で検索すると、鹿児島県内の小中学校で、この取り組みが近年も広く行われていることが伺い知れます。「アンダーアチーバー出現率3%ダウン」みたいな数値目標を具体的に掲げている小学校もみつかりますね。

しかし、以前の記事にも書いた通り、知能と学力の相関が大して強くないということはもう十分にわかってきています。

なので、こういう知能スコアと学力スコアの差を使って定義するアンダーアチーバーに注目した施策は、そのコンセプトからして古く誤った知能観にもとづいていて、その効果は極めて疑わしいと考えられます。

 

 

ここが変だよ!鹿児島県の「アンダーアチーバー・ゼロ」

では、鹿児島県が県内の公立小中学校の教育力向上を狙って推進している「アンダーアチーバー・ゼロ」の問題点を具体的に見ていきましょう。

教育効果の指標としては怪しすぎるアンダーアチーバーの出現率

根本的に問題だと思うのは、鹿児島県が注目している「アンダーアチーバーの出現率」は、学校での教育効果の良し悪しを判断するための指標としてそもそも不適当だという点です。

アンダーアチーバーの出現率を低下させるのは、生徒の学力の向上だけではありません。アンダーアチーバーが減ったとしても、それで県の教育力が向上したと結論することはできないのです。

アンダーアチーバーの出現率は知能偏差値と学力偏差値の相関の強さで変化する

以前の記事では、知能偏差値と学力偏差値の差や比でアンダーアチーバーを定義した場合、アンダーアチーバーの出現率は知能偏差値と学力偏差値の相関の強さで大きく変わるということを紹介しました。

その時作ったプログラムを改造して、ここでは学力偏差値と知能偏差値からの推定学力偏差値の差(新成就値)が-8ポイント以下という、鹿児島県で用いている定義を使ったアンダーアチーバー出現率のシミュレーションをしてみましょう。

方法は前回同様、まず①知能偏差値と学力偏差値がそれぞれ正規分布する、②知能偏差値と学力偏差値が一定の相関関係を示すという条件の下、知能偏差値と学力偏差値のペアを持つ児童1000人分のデータをランダムに生成します。

次に、この1000人分のデータについて最小二乗法による線形回帰分析を行い、知能偏差値xから推定学力偏差値yを計算するための一次方程式を得ます。そして1000人の各児童について、
   新成就値 = (実際の学力偏差値)- (知能偏差値からの推定学力偏差値)
を計算し、この値が-8以下の場合をアンダーアチーバーとして、1000人の中での出現率を計算しました。

下の図1は、r = 0.99とほとんど正比例に近い極めて強い相関関係を仮定した時の結果です。中央の赤い線が直線回帰分析で求めた一次方程式のライン(学力偏差値=知能からの推定学力偏差値、新成就値=0)、その下の黄色は新成就値=-8のアンダーアチーバーボーダーライン、上の紫が新成就値=+8のオーバーチーバーボーダーラインです。

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図1. 相関係数 r = 0.99を仮定した時の、新成就値で定義されるアンダーアチーバーの出現シミュレーション


全てのデータがアンダーアチーバーとオーバーアチーバーのボーダーラインの間に収まっていることからわかる通り、知能偏差値と学力偏差値がこれだけ強く相関していれば、アンダーアチーバーは出現しません。試しに1000人分のデータ生成を1万回繰り返してみましたが、アンダーアチーバーは1人も出現しませんでした。

では、r = 0.9となるとどうでしょうか?下の図2がその結果です。この図2にプロットした例ではアンダーアチーバー出現率は3.8%、1万回繰り返したところ、1000人中のアンダーアチーバー率は1.4~5.2%の範囲となり、平均出現率は3.3%となりました。

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図2. 相関係数 r = 0.9を仮定した時の、新成就値で定義されるアンダーアチーバーの出現シミュレーション


しかし、過去の研究で報告されている知能と学力の相関は相関係数 r = 0.4~0.6程度と全く強くありません。そして、鹿児島県で行われている教研式知能検査とNRT標準学力テストの知能偏差値と学力偏差値の相関も、教科ごと、学年ごとにバラつきがありますが、大体 r = 0.4~0.8程度と報告されています。

都築ら(2012) https://core.ac.uk/download/pdf/235244531.pdf 


そこで下の図3は、もう少し現実に即してr = 0.8の相関を設定しました。すると、この図の例でのアンダーアチーバー出現率は9%、1万回繰り返した結果では、1000人中のアンダーアチーバー率は6.1~12.4%の範囲でばらつき、平均は9.1%となりました。

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図3. 相関係数 r = 0.8を仮定した時の、新成就値で定義されるアンダーアチーバーの出現シミュレーション

また、次の図4は r = 0.6の相関を仮定した時の結果です。図の例ではアンダーアチーバー出現率は15.3%、1万回繰り返した結果では、1000人中のアンダーアチーバー率は12.8~19.4%の範囲となり、平均は15.8%となりました。

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図4. 相関係数 r = 0.6を仮定した時の、新成就値で定義されるアンダーアチーバーの出現シミュレーション


こうした結果からわかる通り、新成就値を使ってアンダーアチーバーを定義する場合、定義の関係から知能偏差値と学力偏差値の相関の強さでアンダーアチーバーの出現率は大きく変化し、相関が弱くなるほど出現率は上がります。

生徒数が少ないと偶然によって大きくばらつくアンダーアチーバーの出現率

その他多くの統計値と同様に、アンダーアチーバーの出現率は、それを算出する元の集団の人数が少なくなればなるほど偶然によってより大きくばらつくようになります。

例えば、同じ r = 0.6の相関の下、今度は生成するデータ数を200人分にしてシミュレーションを行ってみます。すると、1万回試行を繰り返した中で出てきた200人中のアンダーアチーバー出現率は8.5~23.5%となり、1000人の場合(12.8~19.4%)よりも大きくばらつくようになりました。

同じことを50人でやってみると、アンダーアチーバー出現率は2~30%と、さらに大きくばらつくようになり、人数がアンダーアチーバーの出現率のばらつきに与える影響は大きいことがわかります。

アンダーアチーバーの出現率は知能偏差値の変動でも変化し得る

新成就値で定義するアンダーアチーバーの出現率は、学力偏差値だけでなく知能偏差値の変化によっても生じます。

その昔、人間の知能指数(IQ)は生来固有で、不変の物だとなんとなく考えられていた時代もありましたけど・・・研究が進んだ今では、知能(検査の結果)は実際には個人内でも変動するものだということが常識になりつつあります。

鹿児島県が利用している教研式知能検査でも、そうした個人内での知能偏差値の変動は観察されています。例えば下図は、上でも紹介した都築ら(2012)の報告から引用した、小学校6年間における194名の生徒の平均知能偏差値の変動を示すグラフです。知能偏差値の平均値は、途中下降したりもしつつ、6年間で10ポイントも上昇しています。

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都築ら(2012) 「児童期における知能と学力の変動パターンの検討-国語と算数に着目して-」 聖徳大学研究紀要 聖徳大学 第 23 号 31-37より引用

https://core.ac.uk/download/pdf/235244531.pdf


では、それに伴って学力偏差値も上昇しているのか・・・というと、残念ながらそうではないんですよね。下図は同じ論文から引用した、上の図と同じ生徒たちの国語の平均偏差値(NRT学力テスト)の経年変化を示したグラフですが、知能偏差値の上昇にも関わらず国語の偏差値はほとんど変化しておらず、知能と学力の相関関係の弱さをよく示す例となっています。

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都築ら(2012) 「児童期における知能と学力の変動パターンの検討-国語と算数に着目して-」 聖徳大学研究紀要 聖徳大学 第 23 号 31-37より引用

 

この論文で報告されている通り、知能偏差値の変動の仕方は個人レベルで見るとバリエーションがあり、必ずしも単調に増加するとは限りません。そしてその変動要因については、知能テストの練習効果を含む可能性があるという点以外、よくわかっていないようです。

 

 

アンダーアチーバー出現率に関する一喜一憂に意味はあるの?

以上のように、学力偏差値と知能偏差値の比や差を使ってアンダーアチーバーを定義した時、その出現率は学力偏差値以外の様々な要因で大きく変動します。

従って、アンダーアチーバーが減少したという事実をもって、それを直ちに学力と教育力の向上に結びつけることはできません。それはその年、その学年で学力偏差値と知能偏差値の相関がたまたま上昇したせいかもしれないし、一部児童で知能偏差値がなぜか低下したせいかもしれないし、生徒数が少ないことによる偶然のばらつきのせいかもしれないし、それらが複合した結果かもしれないのです。

鹿児島県では、毎年各学校でアンダーアチーバー出現率を計算し、その増減で教育改善の成果が出たかどうかを判断しているらしいですけど・・・生徒数数十人から千人程度という学校の規模を考える時、アンダーアチーバー出現率の数パーセントの変動はハッキリ言って単なる偶然の産物、誤差の可能性が非常に高いのです。

そんな様々な要因で変動し偶然でばらつく指標を見ながら学校の教育状態を評価するのは、かなりナンセンスな行いではないでしょうか?

そもそも、教研式知能検査の知能偏差値とNRT標準学力テストの学力偏差値の相関が r = 0.4~0.8程度である限り、鹿児島県のアンダーアチーバーはいつまで経ってもゼロにはならなそうなんですけど・・・?

折角コストを払って大規模に知能検査を行うのなら、鹿児島県はそのもっと有効な使い道を考えた方がいいのではないかと思います。

アンダーアチーバー・ゼロの先には、怖い未来が待っているかもしれない

それでも知能と学力の間に相関があるのは間違いないし、生徒の学力向上によってもアンダーアチーバーの出現率は下がるのだから、アンダーアチーバー・ゼロの実現が例え難しかったとしても、それを目指して取り組んでいくことは悪くないのではないか?そう思う人もいるかもしれません。

そこで次の記事では、アンダーアチーバー・ゼロを追及した取り組みが生みだすかもしれない、一つの怖い可能性について書いていきたいと思います。

 

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