努力する子の育て方

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鹿児島県に根付く知能スコアのおかしな教育利用、憂う先生の声(2/2)

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鹿児島の先生から頂いたメッセージをきっかけに、前回の記事では、鹿児島県で行われている知能検査の結果を使った学力向上施策「アンダーアチーバー・ゼロ」の問題点を指摘しました。

 

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今回の記事では、必ずしも学力向上の指標とならない「アンダーアチーバー出現率」の減少を追及してアンダーアチーバー・ゼロを目指した場合、鹿児島県の教育がたどりつくかもしれない、一つの怖い未来を想像していきましょう。

アンダーアチーバー・ゼロを効果的に実現していく方法を考えてみる

前回の記事で見てきた通り、「学力偏差値」と「知能偏差値から推測される推定学力偏差値」の差である「新成就値」でアンダーアチーバーを定義した場合、①学力偏差値の上昇、②知能偏差値の低下、③学力偏差値と知能偏差値の相関係数の上昇、これらが全てアンダーアチーバーの減少につながります。

従って、アンダーアチーバー・ゼロを目指していくのであれば、①②③の全てを同時に実現していくのが一番効果的であると言えます。ではどうすればそんなことが可能になりそうか、考えてみましょう。

知能偏差値を下げながら学力偏差値と相関係数を上げる方法

知能と学力の間には一応正の相関関係があるので、知能偏差値を下げつつ学力偏差値を上げるというのは矛盾していて一見不可能そうですが・・・実は知能検査の内容をよく吟味すると、突破口が見つかる場合があります。

それは、知能検査の中で学力テストとの相関が低い検査項目の得点を引き下げるという方法。知能は様々な能力要素の集合体であり、知能検査は様々な能力を測定する複数のテスト内容を検査項目として含みます。そして知能偏差値のような合成得点は、各検査項目の得点を使って算出されています。

よって、学力テストと相関の低い検査項目の得点を下げることができれば、学力偏差値への影響を小さく留めつつ、知能偏差値の数字だけを大きく引き下げることができると考えられます。

さらに、学力テストと相関の低い項目の点数を抑えると、知能の合成得点の中で学力テストとよく相関する検査得点の占める割合が上がります。すると、集団全体の中で学力テストと低相関の項目得点を抑えていけば、集団内での知能スコアと学力スコアの相関も強めることができます。

では、鹿児島県で使われている教研式知能検査で、学力テストとの相関が低い検査項目は実際にあるでしょうか?

創造性と学力テストの相関は低い

教研式知能検査はギルフォードの知能構造理論にもとづいて作成されています。ギルフォードの知能理論の特色の一つは、創造的思考力を知能の構成要素としていること。それ故に、教研式知能検査は創造的思考力を測定するための、「流暢性」「柔軟性」といった項目が含まれています。

https://dspace.jaist.ac.jp/dspace/bitstream/10119/12294/2/paper.pdf

これまでの研究から、一般的に創造性とIQのような認知能力の間には相関関係があまり見出されないことがわかっています。創造的思考力を問う教研式知能検査の「流暢性」「柔軟性」の検査項目についても、学力テストとの間の相関は非常に低くなることが報告されています。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcrdajp/17/1/17_KJ00006854234/_pdf


学力テストとの相関が低いということは、「流暢性」「柔軟性」の点数は学力テストの得点にあまり影響しないということです。従ってこの項目の得点を下げることで、学力偏差値に影響を与えない形での知能偏差値の低下が実現できます。

子供達の豊かな発想を殺していく

学力テストと相関の弱い検査項目の高得点は、学力偏差値と知能偏差値の相関を弱める要因としても、また知能偏差値の方が学力偏差値よりも高いアンダーアチーバーを増やす要因としても作用するため、アンダーアチーバー・ゼロを目指す上では大敵です。

従って、アンダーアチーバー出現率を効率よく下げる試みとしては、学力テストの点数向上への取り組みに並行して、学力テストと相関の弱い知能テストの検査項目で突出したスコアを取る子供を減らす対策が有効です。

教研式知能検査の流暢性や柔軟性で測定しているのは、思考の速さや幅広さ、選択肢やアイディアの多様さといった発散的思考に関わる能力です。とすれば、子供達には正解を単に暗記する課題や、一つの決められた解答やロジックに速く正確にたどり着く練習課題ばかりを与え、正解のない問題を考えたり、自由で多彩な発想をするような発散的思考の訓練は決して行わないように努めましょう。

こうした子供達の創造性の芽を摘む“教育上の工夫”によって、アンダーアチーバーの出現率は着実に減少させることができるでしょう。

 

 

 

・・・非常に意地悪な想像?いや、こんな“アンダーアチーバー出現率ハック”に意識的に手を出す先生が、鹿児島にいるかもなんて誓って思ってはいないですけどね?

でも、行っている分析法や目標設定からして、鹿児島県がアンダーアチーバーの定義の妥当性や、その定義を満たすアンダーアチーバーを減らすということの意味をよく考えず、「アンダーアチーバー・ゼロ」に取り組んでいるのは間違いなさそうです。

だとしたら、そんな自分で何をしているかわかっていない様な状況で、アンダーアチーバーが出ない教育を「良い教育」と信じてPDCAサイクルを回す時、それが結果としてこんなとんでもない教育にたどり着く可能性は、決してゼロとは言えないのでは?

その“アンダーアチーバー”というラベリングに正当性はあるの?

色々書いてきましたが・・・伝わって欲しいなと思うことは、知能検査の偏差値が学力テストの偏差値を大きく上回る“アンダーアチーバー”は、学力以外の色々な要因からも生まれてくる多様な存在であるということです。

本当に学習不足が原因で学力偏差値が低いという「真のアンダーアチーバー」も当然いるでしょうけど、“アンダーアチーバー”は相関の強くない知能偏差値と学力偏差値を使って定義された結果、必然的に生まれてくる存在でもあります。また、学力テストでは一般的に必要とされない、突出した発散的思考力を持つ子供だって、混じっているかもしれません。

それなのに、知能偏差値が学力偏差値を大きく上回る子供達をまとめて“アンダーアチーバー”と呼んで、「努力が足りていない」「学習効果があがっていない」「本来の力に見合った学力が身についていない」と解釈する。

その解釈を正当化する根拠はあるのでしょうか?それは単に、子供達に対する根拠薄弱なレッテル張りになっていないでしょうか?

最後に

知能検査の価値は、そのスコアの高低ではなくて、各検査項目の結果から個人の知能特性を伺い知れるという部分にあります。

知能検査を受ける子供が増え、その多様性がより認識され始めた昨今、集団式とはいえ全県的に高頻度で知能検査を実施しているなんて、鹿児島県の取り組みは一周回って先進的とも言えるのではないかと感じます。そのデータは宝の山かもしれないのだから、是非もっとよく分析して、もっとまともな活用法を見つけて欲しいと思います。

ところで・・・“アンダーアチーバーゼロ”で検索すると、福島県の学校も結構沢山引っかかるのですが、こちらのアンダーアチーバー・ゼロは、大丈夫なのでしょうか・・・?

この国の教育が良くなるように、古くて間違った知能観にもとづくよくわからない教育施策は、しっかり見直されていくことを願っています。