努力する子の育て方

努力に勝る才能無し!努力の才能を育てる教育法、ボルダリングによる育児ハック実践、我が家の超個性的なギフテッド児の生態など

ピグマリオン効果の残念な真実と、そこから学べること

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ピグマリオン効果は「成績が伸びると教師が思い込むと、その生徒の成績が実際に伸びる」という、教育心理学の分野ではとても有名なお話です。

「親が子供に期待をかけて育てると子供が伸びる」「親が子供に期待すれば子供はそれに応えてくれる」といった具合に、ピグマリオン効果は育児や家庭教育にも応用できるとして、色々なところで紹介されています。すると、努力する子を育てるためには、努力する子になるよう期待をかけて育てていこう!ということになるでしょうか。

ところが・・・ピグマリオン効果が子育てに応用できるという話は、多くの場合ピグマリオン効果への間違った理解にもとづいています。ピグマリオン効果の実証研究を詳しくみてみると、実は子育てや家庭教育とピグマリオン効果は非常に相性が悪く、育児の中でピグマリオン効果を生み出していくことは、ほぼ期待できないということがわかります。

しかし、ピグマリオン効果の研究から、子育てで子供を伸ばし、努力する子を育てていくために、親がとるべき姿勢というものを学ぶことができる、というのは間違いではありません。そこで今回は、ピグマリオン効果について深く掘り下げ、よくある誤解、育児に応用するのが難しい理由、そして役立つ点について、書いていきたいと思います。

ピグマリオン効果のよくある誤解

ピグマリオン効果について調べると「ピグマリオン効果の実験では教師の期待が生徒に伝わり、生徒が期待に応えようと努力した結果IQが伸びた。だから、育児でも親が子供に期待すれば、子供にその期待が伝わって、努力するようになる」といった論旨の解説をよく見かけます。しかし、これは全くの誤解と言えます。そこで、まずはピグマリオン効果がどんなものか、少し詳しく見ていくことにしましょう。

ローゼンタール博士のピグマリオン効果実験

ピグマリオン効果の名を世に知らしめたのは、1960年代にハーバード大のローゼンタール博士によって実際の小学校を舞台に実施された一つの実験です。この舞台となった小学校の新学期、ローゼンタール博士は特殊なテストを生徒に実施し、「今後知能が伸びる生徒のリスト」を作成して学級担任にだけそのリストを渡しました。

しかし、ローゼンタール博士が実施した特殊なテストとは、実は単なるIQテストであり、作成された「今後知能が伸びる生徒のリスト」はランダムに選ばれた20%の生徒の名前を載せたものに過ぎませんでした。ところが、8か月後に再度IQテストを実施すると、「今後知能が伸びる生徒のリスト」に記載された生徒のIQは、記載されなかったその他の生徒よりも有意に大きく伸びていたのです。

We’ve Been Here Before: The Replication Crisis over the Pygmalion Effect | Introduction to the New Statistics

Being Honest About the Pygmalion Effect | Discover Magazine

 

ピグマリオン効果を生むのは教師の無意識的な行動バイアス

ピグマリオン効果の実験では、子供の行動が顕著に変化した事実はほとんど確認されていません。実験を行ったローゼンタール博士自身もその後追試を行った研究者たちも、この選ばれた生徒のIQが大きく伸びた原因は「有望視される生徒の扱いを教師が無意識に変えたため」としています。これは言ってみれば、教師が有望と思い込んだ生徒を無意識のうちに依怙贔屓(えこひいき)した結果である、ということです。


実際、人間の認知や行動に、思い込みによる無意識下でのバイアスがかかることは非常によく知られています。この最も顕著な例の一つが、「よく効く薬である」と言われて小麦粉などの偽薬を飲んだ患者に実際に症状の改善が認められる、というプラセボ効果です。他にも、思い込みによって無意識に人間の認知行動に影響が出る例として、様々な認知バイアスの存在が知られています。

ローゼンタール博士がピグマリオン効果実験を計画したのも、実はこの人間の思い込みによる無意識の認知行動バイアスの研究に端を発しています。博士はピグマリオン効果実験の前に、実験者の先入観が実験結果に影響してしまう「実験者効果」に関する研究を行っています。

実験者効果 - ユニオンペディア


これらの研究で博士は、「事前に期待される結果を伝えられた実験者が、その期待に沿った実験結果を出してしまう傾向がある」ということを確かめています。例えば有名な実験の例では、博士は2組の実験者のグループに、それぞれ「賢いネズミ」と「のろまなネズミ」を与え、ネズミが迷路をクリアするまでの時間を測定させました。すると、実際はそれらのネズミには何の違いもなかったにも関わらず、「賢いネズミ」と聞かされた実験者達のネズミは、「のろまなネズミ」と聞かされた実験者のネズミよりも有意に速く迷路をクリアするという結果が得られたのです。

人間の期待をネズミは理解できないことから、この実験結果は、「賢いネズミ」「のろまなネズミ」という事実ではない先入観によって、実験者のネズミに対する扱いや、実験の実施方法が変わったことで、実験結果が影響をうけたものと考えられています。このような先入観が無意識なバイアスを生んで実験結果を歪めてしまう「実験者効果」は様々な研究で確かめられており、ピグマリオン効果もその一種であると考えられています。

つまり、ピグマリオン効果を生みだしているのは「期待によって子供の行動が変化したため」ではなく、「思い込みによって生じる教師側の無意識的な行動バイアス」なのです。実際、ピグマリオン効果のその後の研究では、有望視する生徒とそうでない生徒の間の扱いの差が大きい教師、つまり依怙贔屓する教師ほど、大きなピグマリオン効果を生みやすいということが報告されています。

ローゼンタール博士によれば、このピグマリオン効果を生みだした教師の行動バイアス、つまり依怙贔屓の内容には、「"特別な生徒"に向けられるより暖かい社会情動的空気」「"特別な生徒"に対するインプットの増加」「"特別な生徒"へ与えるアウトプット機会の増加」「"特別な生徒"への特別なフィードバック傾向」などが考えられるとされます。

誤解版ピグマリオン効果の危険性

従って、ピグマリオン効果を「親が期待すると、子供がその期待に応えるよう努力する効果」と考えるのは間違いです。もちろん子供が期待に応えてくれることだって、無いわけではないのでしょうが・・・「親が期待すれば子供がその期待に応えるよう努力する効果」というのが、実験で確かめられたという事実はありません。

この誤解版のピグマリオン効果を信じこんで育児に利用しようとすると、悲しい結果を招く可能性があります。例えば、自分がいかに子供に期待しているか、それを伝えようと一生懸命になってしまったりすると、それは子供の自己肯定感を低下させる可能性があります。

子供が常に求めているのは、親の期待ではなく、現在の自分、ありのままの自分への親からの愛、肯定なのです。しかし、成長や将来への期待は、時に現状への不満足というメッセージを子供に送ることになり、子供の自己肯定感を低下させる結果を招くことになり得ます。

 

 

子育てでピグマリオン効果を生み出すのが難しい理由

こうしたピグマリオン効果の特徴を考えると、育児でピグマリオン効果を応用するのはほぼ不可能であると考えられます。

根本的な問題として、まずピグマリオン効果がプラセボ効果のように「無意識の産物」であるという点が挙げられます。何が問題かというと「ピグマリオン効果を活用しよう」と意気込んだ瞬間、それは無意識的ではなく意識的なものになってしまうということです。狙って、意識的に子供への働きかけを変えた結果子供が伸びたのであれば、それはただの「教育効果」です。であるとすると、「ピグマリオン効果を狙って活用する」ということがそもそも不可能である、という結論が導かれてしまいます。

そして、親は子供の能力をかなり正確に把握していますし、把握する機会が豊富に与えられています。大抵の場合、この世の誰よりも、子供について情報を持っています。そんな親に事実と異なる「あなたの子供はすごく伸びる」という先入観を植え付けるのは、困難です。

学校の先生ですら、生徒とたった2週間一緒に過ごしただけで、先入観を植え付けてピグマリオン効果を得るのは非常に難しくなるという研究結果があります。何年も子供と一緒にいる親が、子供の能力について現実とは違うの先入観を獲得するのは非常に難しく、この点でも育児の中でピグマリオン効果を生みだすことは非現実的といえます。

https://psycnet.apa.org/record/1984-16218-001

ピグマリオン効果の研究結果が教えてくれること

それでは、ピグマリオン効果を子育てに生かすというのは、全くの幻想なのでしょうか?実は、そうでもありません。確かにピグマリオン効果そのものを子育ての中で生みだすのは難しいことかもしれませんが、ピグマリオン効果の研究は「子供を伸ばす上で効果的な育児姿勢」を私たちに教えてくれています。

常にポジティブに子供をサポートすることの大切さ

ピグマリオン効果の研究からまず読み取れること、それは「子供を過大評価しながらサポートしておけば失敗の可能性が低い」ということです。

子供が何か新しいことを始める時、親にもどういう結果になるかわからないという状況が往々にしてあります。また、長期的にどこまで子供が伸びるかという点は、現状からの正確な予測が難しいものです。こうした、自分の子供にどれだけ才覚があるかという問題に、根拠をもって答えられる人というのは、あまりいません。

そんな先がどうなるか分からない時、常に過大評価の方向にバイアスをかけて対応すれば間違いにくいというのが、ピグマリオン効果の研究が教えてくれることです。親は自分の子が、「できる子」だったとしたら必要なサポートを、真実はともかく提供すればよいのです。

仮にその「できる子」という推測が正しければ、必要なサポートをうけて子供が順調に成長する可能性が高まります。しかし、もし推測が間違っていたとしても、悪いことにはなりません。「子供の能力を過大評価し、特別な働きかけを行う」という状況は、嘘の先入観を植え付けられ、無意識下でピグマリオン効果を生む教師のおかれた状況と非常に似ています。つまり、推測が間違っていようといまいと、ポジティブに過大評価方面にバイアスをかけて接すれば、子供が伸びる可能性は、高まる可能性はあっても、低くなることはないのです。

本当に悲劇的で、親が最も避けなければならない失敗は、実際は能力がある子供を過小評価して十分なサポートを与えなかったために、子供が伸びる機会を失ってしまうという状況、つまり有効な教育機会を損失したり、負のピグマリオン効果(ゴーレム効果)が発生するという状況です。こうした状況を回避する一番有効な方法は、とにかく過小評価を避けるということ。過大評価をしておけば、絶対に過小評価することにはならないのですから、親が常にポジティブに子供の能力を捉えておくというのが、失敗を避けるコツと言えます。

実際のところ、子供を過大評価をしていても真のピグマリオン効果が生まれるかどうかはわかりません。ピグマリオン効果の追試実験を多数まとめた解析では、教師に能力を勘違いで高く見積もられた生徒のうち、5~10%にしかピグマリオン効果はみられなかったという報告もあります。しかし、自分の子供がその5~10%に入るのかどうかを判別する方法は今のところありません。それならば、とりあえず過大評価しておけば、ピグマリオン効果が生まれる可能性も損失しないということになります。

https://daneshyari.com/article/preview/352607.pdf

ピグマリオン効果を生みだす無意識のチカラを意識的に

学校での実験でピグマリオン効果を生みだすのは、結局のところ教師から生徒への(他の生徒に比べて)「より暖かい社会情動的空気」「インプットの増加」「アウトプット機会の増加」「特別なフィードバック傾向」といった働きかけだと考えられています。

しかしそれならば、こうした働きかけを意識的に行ってしまえば、ピグマリオン効果とは関係なく、子供を伸ばすために効果的な働きかけを実践できるということになります。わざわざ無意識のチカラが働くのを待つ必要なんてどこにもありません。意識的にやってしまいましょう。

「より暖かい社会情動的空気」というのは、やはり子供のことをポジティブに捉えて、「きっとできる」と考え試行錯誤しながら相手をするということです。「インプットの増加」「アウトプット機会の増加」は、子供に様々な機会を提供することに他なりません。そして「特別なフィードバック傾向」というのは、子供の様子を良く見て、子供の状態に合わせたフィードバックを心がけるということになります。

こうした関わり方は、誰を教育する場合でも間違いのない、有効な方法です。相手に合わせて指導の方針を良く考えていくことで、より的確な指導を行うことができます。しかし、こうした関わり方が一番影響を与えるのは、おそらく子供の自己肯定感です。「自分のことを良く考えてくれている」という態度が伝わることで、子供は親の愛を実感し、信頼を深め、自己肯定感を高めることができます。

それはつまるところ「親バカのススメ」である

気づいた方も多いかもしれませんが・・・上記のような親の姿勢というのは、結局のところ「親バカ」というのとあまり変わりません。つまり、ピグマリオン効果の研究から見えてくるのは、「親バカ」にふるまっておけば間違いが少ないという、「親バカのススメ」であるといえます。

努力する子を育てるために、「親バカ上等」で行きましょう。