努力する子の育て方

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個人のIQの変動データに学ぶ、WISCの結果を解釈する時の怖い罠

 

 

 

発達障害という概念の広まり、そして不登校の子の増加などによって、病院等で知能発達検査を受ける子供が増えてきました。

WISCの結果の凸凹(ディスクレパンシー)と発達障害の困り感を結びつける危険性について書いた記事が、当ブログ内のアクセスランキングでこれまで常にトップを争ってきている事実からも、子供の知能検査結果に関心を持って調べる人の多さを実感します。

 
そういう私も、自分の子供がWISC-IVを受けたのをきっかけにIQや知能検査というものについて調べ始めた人間の一人。

きっと今この記事を読んで頂いている方の中にも、同じように発達が心配なお子さんがWISCを受けて、その結果の意味するところを調べていた方がおられることでしょう。

全検査IQが平均より高かったり低かったり、指標得点間に有意差があったり無かったり・・・色んな情報が出てきて、親としてはどんな結果であってもその意味するところが気になってしまうのが知能検査ですよね。

しかし・・・WISCの結果から何か物を考えたり、子供のことをもっと理解しようと思ったりする時、知らないと嵌りかねない危険な落とし穴があります。

それは、WISCの結果出てくる数字というものは、1年くらいで大幅に上がったり下がったりすることが珍しくないかなり不安定な代物で、子供の将来について考えるのに使うには危ない情報だということです。

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【注】以下の内容は主に子供の知能検査結果とIQについての話となります。子供のIQと大人のIQの意味の違いが知りたい方は、以下の記事をご覧ください。

 

また、以下で紹介、議論されている研究は全て、脳の器質的な異常や重度の障害を伴わない児童を対象としていることにもご留意の上でお読みください。

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個人のIQや知能検査結果は大いに変化する

もしかしたら、「人間のIQは年月を経てもそれほど変化しない」なんて話を聞いたことがある人もいるかもしれません。

確かに論文をあたると、スコットランドで15万人を対象に行われた知能検査スコアの長期縦断研究では、11歳時点のIQスコアと80歳時点でのIQスコアの間には相関係数 r = 0.6~0.7くらいの結構強めの相関が見られています。

https://citeseerx.ist.psu.edu/document?repid=rep1&type=pdf&doi=8084ee08c483edb2eed0159417d2fafd0807d1b2


また、6歳時点のIQと18歳時点のIQの間の相関 r = 0.77といったように、学齢期以降の子供のIQについてもまた、数年~十数年の間隔をあけて2度実施された検査間のスコアの相関は大体 r = 0.6~0.8程度と強めであることが、多数の論文で報告されてきています。

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0160289617302830


こうした結果を見て、「やっぱり個人のIQはそんなに変わらない」と思ってしまう人もいるかもしれませんけど・・・ここで見ている相関係数というのは、沢山のサンプルを集めたグループについて計算される、いわば平均値のようなもの。

グループ全体からr = 0.7とか0.8という相関係数が得られた時に、そのグループに属する個々人のスコアがどれくらい変動しているかは、よくわからないものなのです。

では、個人の知能検査結果というのはどの程度変動するものなのでしょうか?その辺のイメージを具体的に掴んでいくために、実際の研究結果を見てみることにしましょう。

1年間で20、30ポイントは変化し得るWISC-IVの結果

同じ人が期間をあけて複数回WISCを受けた時に、各回のスコアがどれくらい一致するかという「スコアの安定性」を調べた研究は、昔から沢山なされてきています。

そこで、ここでは現在日本で最も広く使われているWISC-IVのスコアの長期的な安定性を調べたWatkins & Smith (2013)の研究報告を見てみましょう。

http://edpsychassociates.com/Papers/WISC-IVstability%282013%29.pdf


この研究では、アメリカの6~16歳の児童344人を対象に、2~3年の間隔をあけてWISC-IVを2回行った時のスコアの変化を調べています。

早速その結果を見ていくと、2回の検査の間で全検査IQ (FSIQ)については相関係数 r = 0.82、言語理解(VCI)がr = 0.722、知覚推理(PRI)がr = 0.756、ワーキングメモリ―(WMI)がr = 0.655、そして処理速度(PS)がr = 0.649と、やはりそれなりに高い相関係数が見られました。

では、このような相関係数が得られる時、実際の個人内でのスコアの変動幅というのは、どんなものなのでしょうか?下に引用したのは、344人の2~3年間でのWISC-IVの結果の変動幅をまとめた、Watkins & Smith (2013) 論文のTable. 3です。

Watkins & Smith (2013) Long-Term Stability of the Wechsler Intelligence Scale for Children—Fourth Editionより、フォーマットを改変して引用


この表に示されている数字は、上から下に向けての累積頻度(%)。従って、例えば全検査IQ (FSIQ)であれば、2~3年の間に15ポイント(1標準偏差)以上低下した児童は3.8%、逆に15ポイント超上昇した児童は2.9%いた、ということになります。

つまり、344人の子供達の中で、2~3年後に全検査IQが15ポイント以上増減した子は合わせて6.7%。同じ様に、全検査IQが10ポイント以上増減した子の割合を調べると、24.8%となんと1/4近い子供で全検査IQの10ポイント以上の変化が認められたことがわかります。

また全検査IQの変化の幅を見ると、-28ポイントから+24ポイントまで、2標準偏差に迫る、非常に大きなスコアの増減が確認されたことが読み取れます。

同じ様にこの表を見ていくと、各指標得点については全検査IQに比べてさらに大きな変動が見られていることがわかります。

例えば、言語理解指標(VCI)が2~3年後に15ポイント(1σ)超上下したケースは13.7%、変化の幅としては、最大で-31から+31ポイントまで確認されています。

知覚推理(PRI)では2~3年後に15ポイント(1σ)以上上下したケースは15.4%もみられ、変化の幅としては-35超から+27までが確認されました。

そして、ワーキングメモリ―(WMI)では2~3年後に15ポイント(1σ)以上上下したケースは18.9%、処理速度(PS)ではなんと25.6%にも上り、それぞれ変化の幅としては±35以上と非常に大きく変化するケースが観察されました。

WISC-IVのスコア安定性を11か月後、または3年後に調べたその他の研究(Ryan et al.,2010; Lander, 2010)でもまた、全検査IQで r = 0.7~0.8、各指標得点でr = 0.49~0.75と、上で紹介したWatkins & Smith(2013)で観察されたものと同等か、より大きな変動を示唆する結果が報告されています。

Internal consistency reliability of the WISC-IV among primary school students

https://psycnet.apa.org/record/2010-99220-484


従って、これまでの研究からは、WISC-IVの全検査IQならびに各指標得点は1年くらいで15ポイントを超えて変動することもそれほど珍しくなく、人によっては2標準偏差、30ポイント以上増減することもあるものである、ということがはっきりと見て取れます。

子供の認知能力テストの結果は基本的に変動する可能性が高い

さて、このように個人の結果が変化するのは、WISC-IVという検査特有の現象なのでしょうか?

まあ、そもそも子供の認知能力は一般的に成長に伴って上昇していくことを考えれば、こうした変動がWISC-IV特有というのは考えづらいことになりますが・・・一応実際の研究データを見てみることにしましょう。

WISC-Vのスコア安定性もあまり変わらない様子

まだ日本では正式発行直後であまり使われていませんが、WISC-IVの改訂版、WISC-Vの実施は米国ではもう何年も前に始まっています。

Watkinsらによる2022年の研究報告を見ると、WISC-Vを2~3年の間隔をあけて実施した際の2回のスコアの相関は、全検査IQで r = 0.86、各指標得点についても r = 0.69~0.84となっており、また、全検査IQおよび各指標得点の大きな個人内変動が観察されています。

(PDF) Long-term stability of Wechsler Intelligence Scale for Children–fifth edition scores in a clinical sample


従って、今後日本でも実施されていくことになるWISC-Vについても、IQや指標得点の安定性については、WISC-IVとそれほど変わらないと考えてよさそうです。

IQの大きな個人内変化を報告しているその他の研究例

ドイツで実施されたSchneiderら(2014)の研究では、HAWIK-RというWISCのドイツ版的な知能検査を用いて、215人の子供を対象に縦断調査を行っています。

(PDF) Intellectual Development from Early Childhood to Early Adulthood: The Impact of Early IQ Differences on Stability and Change over Time


この研究では4歳から23歳まで数年おきに知能検査を実施してそのスコアの変化を調べていますが、7歳時点での知能検査結果に基づき便宜的に子供を低IQ群(平均IQ93)、中IQ群(平均IQ108)、高IQ群(平均IQ121)に分割して解析すると、2年後の9歳時点で再び同じIQ区分に入る子供の割合は各群それぞれ50~60%程度に留まり、同じIQ区分に再度入る割合は、23歳時点まで調べても大体50~60%で大きく変わらなかったという結果が得られています。

さらにこの研究では、7歳時点で低IQ群となった児童の20%以上は小学生の間にIQの大幅な上昇が見られ、中には17歳時点で高IQ群に入る者もいたということが報告されており、全体として個人のIQ、認知能力が大きく変動するものだということを裏付けています。

また、主に高IQ児に着目したLohman & Korb (2006) の研究では、アメリカはアイオワ州の小学生を対象にCogATと呼ばれる認知能力テストを使って縦断調査を実施し、3年生時点でトップ3%のスコアを記録した子供の中で、その1年後同様にトップ3%のスコアを記録する児童の割合がやはり60%程度に留まり、多くの生徒で1年の間に認知能力スコアの変動が見られることを報告しています。

https://files.eric.ed.gov/fulltext/EJ746292.pdf


個人の知能検査結果が1,2年の間に大幅に変動することを報告している研究は他にも複数あり、これら多くの研究データから、子供や青年期のIQ、認知能力は基本的に大きな個人内変動を示す可能性があるものだということがわかります。

そして、知能検査の性質からして、その個人内でのスコア変動の原因は容易に推定できるものではありません。知能検査のスコアは子供の神経発達(成長)のタイミングやペース、練習効果の有無、教育の効果の有無等々、環境要因も含む実に様々な要因で変動してしまうものだからです。


従って、こうした知能検査結果に見られる大きな個人内変動は、裏を返せば、現行のIQテスト、認知能力テストというのが1年後の子供のIQや認知能力プロフィールの予測すらもままならない、信頼性に大きな限界のあるツールであるということを示しているとも言えるでしょう。

個人的に、こうしたIQや知能検査に関する研究結果を見れば見るほど、文部科学省が「特異な才能を有する児童」をIQを使って安易に定義しないことに決めたのは、妥当かつ公正な判断だったと感じます。

知能検査の結果を考える時、忘れてはいけないこと

さて、こうしたWISCやIQの個人内変動のデータから私たち親が学ぶべき教訓とは、何でしょうか?

そうです、それは、WISCの結果やIQの高低にもとづいて、子供の特性や将来的な成長に関し何か思い込んだり、型にはめるような考えを持ったりするのは危険だよ、ということです。

なんせ、WISCの指標得点もIQも数か月後には大きく変化している可能性が十分にあり、さらに個々の子供について、そうした将来的なスコアの個人内変動が起こるかどうかを予測する術は無いのだから。

WISCの結果の解釈法と称して、各指標得点の凸凹パターン(認知能力プロフィール)で子供の特性がわかるなんて言う人達も世の中いるみたいですけど・・・そもそも数か月で変わってしまいかねないようなWISCの結果を使ったプロフィール分析法というのも、どこまで信頼性があるのか非常に疑わしいということになりますよね。

実際、今世の中に出回っているWISCの指標得点を使った認知能力プロフィール分析法というのは一部の研究者が試験的に提唱しているものに過ぎず、個人の指標得点の明らかな不安定性、そして実際の臨床上の根拠と妥当性の乏しさから、多数の専門家によってその使用を厳しく批判されてきている代物だということも、しっかり認識しておく必要があるでしょう。

https://ux1.eiu.edu/~glcanivez/Adobe%20pdf/Publications-Papers/McGill,%20Dombrowski,%20&%20Canivez%20(2018)%20Cognitive%20Profile%20Analysis.pdf

http://edpsychassociates.com/Papers/ProfilesLD(2022).pdf

https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/07342829221150868

 

まあ、知能検査によって数値化される子供の認知機能の情報が、行動観察からは容易にわからない「子供の頭の中で起こっていること」の推測に役立つケースは無いわけではないでしょうし、私にとってはWISC-IVの結果が、長男ケイのユニークな行動の原因を推測していく上で参考になった瞬間は確かにあったのだけど・・・。


そうした推測も含め、WISCの結果を見て子供について考える時はいつでも、それがあくまで「検査を受けた時の結果」でしかなく、先の子供の成長、将来についての予測に使えるような安定した情報ではないことは、肝に銘じておく必要があるでしょう。

やはり大切なのは、目の前にいる子供とのコミュニケーションおよび直接の観察を通じて得られる生の情報から、その子のことを常に理解しようとする姿勢なのだと思います。

数字にまつわる非科学的な思い込みに囚われて、子供を見る目を曇らせないように・・・知能検査の情報は、その現実、限界、結果の一般化の難しさをよくよく理解した上で利用していきましょう。

 

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