努力する子の育て方

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WISCの凹凸で発達障害を考えることの落とし穴

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【お断り】以下の議論は全て「子供の知能検査」「子供の発達障害」に関して行われています。「大人の知能検査」「大人の発達障害」には当てはまらないと思われる部分がありますので、区別した上でお読みください。
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うちの長男ケイのおかげで、発達障害と知能テストにはずいぶん興味を持って情報収集するようになりました。で、最近考えていて、ふと気づいたことがあります。

発達障害の話の中で、よく「WISCの指標得点(群指数)の差が○○以上だと生きづらい」ということを聞きます。中には「WISCの指標得点の差が大きいから発達障害」と判断する医師もいるとかいないとか。○○の部分は15だったり20だったり色々あるみたいですけど、発達障害の説明では、この指標得点の差(ディスクレパンシー)の話は結構よく出てくる話ですよね。

たしかに、言語理解と処理速度が大きく違って、「理解できることがアウトプットできない」と説明されれば、なんか生きづらそうだな、と納得できてしまいます。

しかし・・・WISCのディスクレパンシーと発達障害の議論には、WISCのディスクレパンシーが「生まれつきの脳機能の偏り」とか「個人特性による得意不得意」みたいな、とにかく個人の生得的な特性に起因する差である、という前提があるはずです。だからこそ、生まれつきの脳機能の障害と考えられている、発達障害と結びつけられる。しかし、知能テストの側からこの議論を眺めた時、そこには大きな問題があることに気づきます。

何が問題かというと、知能テストのスコアのディスクレパンシーを生み出すのは、個人の生得的な脳機能の偏りや、特性だけではないという点です。はっきり言ってしまえば「親の育児方針」だってディスクレパンシーに寄与し得るということなのです。

知能テストのスコアは子供の経験によって上昇しうる

知能テストの忘れてはならない大前提、それは「知能」と「知能テストの結果」は同じではないということです。IQテストは確かに人間の知能を測定・定量化するために作られていますし、実際知能の一端を測定していることに間違いはありません。しかし、「知能」と「知能テストの結果」は、やはり同一ではないのです。

「知能」と「知能テストの結果」の違いが一番簡単に理解できるのは、「練習効果」の話です。WISCを含むすべてのIQテストには、同じIQテストを繰り返し受けることでテスト内容そのものへの習熟によりIQスコアが上昇する現象、「練習効果」が知られています。

しかし、この練習効果でIQスコアが上昇した時、受検者の知能が上昇したと言えるでしょうか?もちろん言えません。つまり、練習効果は知能そのものは変化させずに、知能テストのスコアのみを上昇させる効果です。

この練習効果は、知能テストのスコアが「実際の知能」だけではなく、子供の経験や環境の影響で大きく変わってしまう可能性を示しています。

実際この世の中には、「子供の能力開発」と称してWISCの検査課題と似た内容を子供に繰り返し訓練し、知能テストのスコアを上昇させて、見せかけの「高IQ児」を作り出す詐欺めいた人達も存在しているようです。

子供の経験がより反映されるWISC指標

上で説明した練習効果の話は、IQテストのスコアが子供の経験の影響をうけるわかりやすい例としてご紹介したものです。知能テストの練習を日ごろから子供に行ったりしている人はそうはいないでしょうから、練習効果の心配をする必要は、普通はないといえます。

しかし、WISCの群指数には、家庭や学校、塾での学習など、子供の生活、経験が大きく反映されるものが知られています。(ここからは現行のWISC-IVの例を使って説明していきますが、以下の議論は別にWISC-IVに限らず多くの知能テストにあてはまります)

最も子供の学習や経験が反映されるのは、言語理解指標です。言語理解指標は語彙、言語の概念、言語的推論など、子供のこれまでの経験や知識の量に裏打ちされた、言語理解と概念操作の能力を表す指標です。つまり、この指標は元々子供の経験や知識量を評価しているため、一般的なお勉強、家や学校、塾で行うような学習内容によっても、スコアの上昇が見込まれます。

例えば、たくさん本を読んだり、公文の国語を先の学年まで進めれば、年齢相当よりも高い語彙力や知識が身につく可能性が高くなります。そうした高い語彙力や知識量は、この指数のスコアを直接押し上げます。

つまり、言語理解指標のスコアは、親の教育方針といった、子供の生育環境の影響をもろに受けます。別に「子供を高IQにしたい」と考えて怪しい「子供の能力開発」にひっかかっていなくても、ただ普通に子供を公文に通わせたり、市販のドリルで勉強させたり、本をたくさん与えたりするだけで、言語理解指標のスコア上昇につながる可能性が十分に考えられます。

これは、別に言語理解指標が知能を反映していないということではありません。そもそも知能というものが、持って生まれた脳機能と環境の相互作用によって発達していくものなのです。言語理解指標は、知能のそうした経験に基づく部分を測定しています。知識や経験は、知能を構成する大切な要素なのです。

 

 

各指標で学習や経験の反映度合が異なる

言語理解指標ほどではなくとも、生活の中で学習効果、練習効果が生まれてしまう可能性があるのが、知覚推理指標です。この指標の検査項目には、積み木や行列推定といったパズル要素を含むものがあります。行列推定はインターネットなどでできるいわゆる"IQテスト"にコンセプトは似ていて、パズルが好きな子供であれば、生活の中で触れる可能性も出てくるかもしれません。

一方、残りの二つ、ワーキングメモリ―指標と処理速度指標の検査項目は、よほど狙って練習をしない限り、生活の中で検査に似た活動を経験する心配はいらない特殊な内容です。従って、学習効果や練習効果でスコアが上昇する可能性は、言語理解や知覚推理の指標に比べて、格段に低くなります。

つまりWISC-IVの各指標のうち、言語理解と知覚推理の指標は経験や学習で上昇する可能性がより高く、ワーキングメモリ―と処理速度は、経験が反映される度合いが低いといえます。そして、この性質の差が指標間のディスクレパンシーの形成に寄与することも、十分に考えられます。

WISCのディスクレパンシーを発達障害と結びつけることの矛盾

以上のように、WISCのスコアは経験や知識、ひいては環境の影響をうけますが、それは知能というものや、WISCの測定項目の在り方も反映した、ごく自然なことです。ところが、その環境や経験の影響をうけるWISCのスコアを発達障害と結びつけると、かなりおかしなことになります。

発達障害は、「生まれつきの脳機能の障害」で「育て方の問題ではない」とされています。一方で知能テストのスコアは「子供の育てられ方や経験の影響」を前提として含んでいます。すると、発達障害の生きづらさや特性を、知能テストのスコアで説明することには、矛盾がでてきます。原因ではないはずの育てられ方や経験の影響を含むスコアで、発達障害に説明をつけることになるからです。

単純にディスクレパンシーの大きさで生きづらさを考える危険

知能テストのスコアは、単純に数字だけを見て意味のあるものではありません。数字を見てわかるのは、そのテストを受けた時の、知能テストの問題を解く能力です。子供の本当の強みや弱みを理解するためには、子供がどういう経験を通じてその能力を培ったかという部分を考慮する必要があります。ディスクレパンシーの差だけを見るということは、その部分を完全に無視する行為です。

そもそも、WISCテストの群指数間の解離が生きづらさに結びついているという解釈には、はっきりとしたエビデンスがありません。現在の日本でWISCを受けるのは発達が心配される子供たちで、そうした心配のない、特に生きづらさを感じていない子供たちのデータは多くありません。発達障害の有無や生きづらさの有無が、本当にWISCのディスクレパンシーで説明できるか、検証するためのデータセットが明らかに足りていないと考えられます。

そんな状況で、単純にディスクレパンシーの大きさで、子供の生きづらさや発達障害の有無を想像する。それは、本当に子供への理解につながるのだろうか?そこには、WISCの凹凸と発達障害を結びつけて考えることの、落とし穴があるのではないでしょうか。

WISCのディスクレパンシーを発達障害と結びつける先にある、怖い想像

WISCのディスクレパンシーを発達障害の生きづらさと結びつけると、その先には非常に怖い想像が広がります。考えてみましょう。WISCのスコアは親の育て方を含む、子供の経験の影響をうけます。つまりWISCのディスクレパンシーの存在の裏には、親の育て方も要因としてあることになります。

もしもWISCのディスクレパンシーが発達障害の生きづらさにつながっていると考えたなら・・・その生きづらさを生み出すことに、親も加担している可能性があるということになるのでしょうか?これは、とても怖い考え方だと思います。

この怖い想像は、発達障害を知能テストスコアで説明しようとする矛盾の延長線上に生まれてくるものです。エビデンスがない状況で、このような考え方にも結びつく、ディスクレパンシーと発達障害を結びつける議論は、慎重になった方が良いのではないかと、強く感じます。

大切なのは子供を本当に理解すること

育児で大切なのは子供のことを本当に理解すること、それは多くの親がわかっていることです。知能テストのスコアを考えることや、子供の生きづらさの原因を探っていくことは、とても大切なことであると考えられます。

おそらく、ディスクレパンシーの存在と困り感がとても一致しているように見える場合もあって、そうした例が「ディスクレパンシーで発達障害の説明ができる」という説を生みだしているのだと推測します。人によっては、確かにディスクレパンシーと生きづらさに相関がある場合というのも、あるかもしれません。

しかし、知能テストの仕組みを考えた時、そのディスクレパンシーの大きさだけで子供の生きづらさを推し量ろうとするのは、やはりアイディアとして単純すぎるのではないかと危惧します。特にエビデンスがない状況では、なおさら危険なのではないでしょうか。

発達障害はまだまだ研究途上の不明確な概念で、知能テストは明確な限界のあるツールです。自分の子供のことをよく理解したいという親のニーズがさらに充足されるように、研究のいち早い進展に、期待したいと思います。