ケイがまだ小学一年生、6歳だった頃のお話です。
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明日の時間割を確認してランドセルの中身をそろえ、歯磨きをし、パジャマに着替えて、トイレに行く。ケイの毎晩のルーティーンが終わり、もうあとは布団に入るのを見届けるだけです。おやすみ!とケイに声をかけようとしたその瞬間、その質問は飛んできました。
「結婚式にいくらお金がかかるか、教えて?」
質問魔のケイにとって、就寝前は特に質問が多くなる時間帯。「オケラは土の中にいるのになんであんなに声が大きく聞こえるの?」とか「ネコはどれくらい高い所から落ちても大丈夫なの?」とか、まるで就寝までの時間を稼ぐかのような、即答しづらい質問がよく飛んできます。
「うーん、それはどんな結婚式をするかによる」私の現実的で煮え切らない回答に、ケイは不満を露わにして「とにかく、いくらぐらいか教えて!」と重ねて聞いてきます。そりゃ答えられるなら答えてしまって、ケイにはさっさと布団に入って欲しいものだけど・・・適当に答えてしまうのは、やっぱり気が進まない。
そこで、「そうは言っても結婚式にも色々あるから・・・でもなんで結婚式が気になるの?」と質問の意図を尋ねました。ケイは結婚式に出席した経験はあるけれど、それは3歳の頃の話。そして、結婚式の費用にまつわる話なんて、ケイとした覚えは一切ありません。それなのに、なんでまた?
「だって僕は絶対結婚がしたいから!結婚式にいくらかかるか知っておきたいんだよ!」
えっ・・・なんで急にこの子は絶対結婚したいなんて言い始めたのか・・・。まだ恋愛とか異性とか意識するには早すぎるし・・・でももしかして、学校で好きな子ができたりしたのかな?それで結婚とか言い始めちゃったのかな?だとしたら、どうやってやんわり落ち着かせたらいいのかな?・・・いつにも増して唐突な展開に、私の頭も混乱気味です。
さっきまでケイを寝かせることばかり考えていた私だったのに、小一男子の口から飛び出した「結婚」の二文字に、もうそれどころではありません。これが寝るまでの時間を伸ばす彼なりの作戦であったとしたら、それはもう大成功でした。
唐突な結婚願望の理由
自分が小学生の頃に、将来結婚したいかなんて一秒でも考えただろうか?いやー一度もなかったな・・・と古い記憶を呼び起こしつつ、ケイを質問攻めにしていきます。
「そんなに結婚がしたいの?」
「もちろんだよ!」
「誰と結婚したいの?」
「それはまだわからない。もっと大きくなったら決める」
ああ良かった、好きな子ができて舞い上がり、急に結婚だとか飛躍した話になっていたわけではなかった・・・そう安堵しつつ、ならばなんで絶対結婚したいなんて話になったのかという謎は、ますます深まっていきます。
「お母さんと結婚するのは?」
「お母さんはもうお父さんと結婚してるでしょ」
そもそも結婚が何かわかってるのかと思って聞いてみましたが、意外とまともな返答。ではなんでまた、急に結婚したいという話になったのか?質問は核心へと迫ります。「なんでそんなに結婚したいの?」するとケイは、恥ずかしがるそぶりも見せずに堂々と答えました。
「だって僕は自分の家族を増やしたいんだ。一人だと寂しいから」
「子供が欲しいってこと?」
「うん、そう。僕の子供のお母さんになってくれる人と結婚したいの。だから結婚式に必要なお金、教えて!」
・・・「一人だと寂しいから」かあ。ケイが発したその言葉の根っこには、心当たりがありました。
ケイの結婚願望の根底にあるもの
私が思いだしたのは、いつかの夕食時、ケイの「お父さんは昔おじいちゃんの子供だったの?」という微笑ましい質問がきっかけで始まった、血縁と、家族と、独り立ちについての会話でした。
「お父さんは今でもおじいちゃんの子供だけど、今はお母さんと結婚して別の家庭を作ったんだよ」
そんな話の流れから、何の気なしに「ケイも大きくなったら、お父さんお母さんとは別れて一人暮らしをすることになるんだろうね」と言ったのです。「なんで?」と聞くケイに、「みんなそうして自立していくんだよ」と答えました。
その時のケイは、特にうろたえたり、寂しそうだったりという様子は一切みせませんでした。なのでこちらも、そんな話をしたということはその後すっかり忘れていたのです。
でも、彼の頭の中ではその「一人暮らし」「自立」という想像が膨らんでいったのでしょう。そして、きっと思ったんでしょうね。一人よりも結婚して、自分の家族と生活したいと。それには結婚する方法について、知っておかないといけない、と。
そこで「いつまでもお父さんお母さんと一緒がいい!」とならないのが、ケイの自立心の高さかな、と思います。ケイは小さい頃から分離不安を見せた試しがないですからね。一人で留守番させても不安さの欠片も感じさせないし、私や妻がどちらか出張でいなくなる時、いたずら心で「寂しい?」と聞いても「全然大丈夫!お仕事頑張ってきてね!」と明るく返されて逆にこちらが寂しくなる勢いです。
そんな風だから人間関係にドライかといえば、実は家族や親子の絆への愛着も人一倍というのが、ケイの面白いところです。テレビで生き別れになった親子の話なんかを見るとすぐ共感して号泣しますし、弟と離れ離れになるシチュエーションは、想像しただけで泣いてしまいます。(これは妻の漫画がわかりやすいですね)
ケイが「お父さんとお母さんは絶対離婚しないよね?」と聞くので、出来心で「たぶんね・・・でも世の中絶対ってのはないから・・・」と言ったら、みるみるうちにケイの目に涙がたまってしまって、反省したこともあります。
「いつかは一人立ちをする」という話に、高い自立心と、家族への愛着、それが合わさった結果が、ケイの「一人は寂しいから絶対結婚したい」なんだろうなあと考えたら、なんだか嬉しい気持ちになりました。それは、私達の夫婦関係や家族関係が、ケイにとって良いものに感じられている証拠でもあると思ったからです。
成長し、様々な経験を積む中で、ケイの気持ちもどんどん変化していくことでしょう。価値観の多様化が急速に進んでいるこの世の中ならば、ケイが大人になった時、結婚や家族というものへの価値観もまた、今とは大きく変化している可能性もあるでしょう。別に結婚や子育て、家族だけが幸せのかたちでもありません。
でも、「家族はいいものだよ」「子育てはとても楽しいよ」というメッセージは、この先もぜひうちの子達に伝え続けられたら良いなと思いました。それは結局、私達自身がよい家族関係を育み、子供たちとの関わりを楽しんでいる姿を見せ続けるということだと思うからです。
結婚への道のりは遠い
ケイの質問を聞いて、彼が「結婚式をする=結婚」だと思っているのは明白でした。だから結婚をするために、結婚式にかかる費用を知りたがったのです。そこで、教えてあげました。
「結婚は、結婚式をしなくてもできるんだよ」
そう私が言うと、「え、そうなの?じゃあ結婚するには何をすればいいの?」と意外そうにケイが尋ねてきます。「婚姻届けを書いて、結婚相手と二人でハンコを押して市役所に出せばいいんだよ」と教えると、ケイは目を輝かせて言いました。
「よし、じゃあ自分のハンコの作り方を教えて!」
・・・こんなケイが将来結婚するとしたら、相手はどんな人だろうか。まあ結婚できるかどうかからして、わかりませんけど・・・。でも、もしケイと結婚する人が現れたなら、その人はまた相当ユニークな人か、相当度量の大きな人に違いない。ケイの将来がどんな風になるかは全く予想もつきませんが、この予想にだけは、結構自信があります。