「突出した記憶力や数学力をもつ『ギフテッド』支援を検討」
昨日朝日新聞のこのヘッドラインが目に飛び込んできた時は、思わず「おっ」と声が漏れました。経済産業省がギフテッドのことを議論していたのは知っていたけれど、ついに文科省も、というのは中々のニュース。
記事を読んでとりあえず安心したのは、「2年かけて検討していく」とあり、ある程度腰を据えて、色んな可能性を考えていく取り組みであるという点。「2年もかけるなんて遅い」「悠長すぎる」と言う人は結構多いかもしれません。でも、これは文科省が「自分達は良く知らない」ということをしっかり弁えている証拠だと思うんですよね。
知識不足で浅慮拙速に支援支援と動きだしても、絶対ろくなことにならないのは明白ですから、恐らく本当に何も知らない状態同然であろう文科省がギフテッドについて動きだす初動の姿勢としては、これくらい慎重でいてくれる方がむしろ安心できると思います。
文科がこれまで打ち出してきた教育政策や科学政策に実際に振り回されて、文科省のダメな部分をよく知っている人間ほど、そんな風に感じるんじゃないかなと思いました。
現場を無視したトップダウンのダメ改革になりませんように
記事を読んで少々不安に感じたのは、以下の部分。
具体策として、教科書の内容を超えた発展的な学びの充実や、大学や民間団体が行う学校外の学びを利用することが挙げられている。
いや、こういうのやるのはとても良いと思うんです。思うんですけど・・・私の脳裏にこびりついて離れないのは、文科省がここ数年でやらかしてきた、「大学入試改革」の悪夢のような大失敗。
この毎日新聞の社説でも論じられていますけど、文科省が推し進めたこの大学入試共通テストの記述式への転換は、「50万人分の記述答案をどうやって公平に採点するか」といった現場で生じる実務的課題を予め検討することなく走りだし、結果としてそうした課題に全く解決策を見出すことができずに頓挫しました。
そんなの普通に考えたらすぐに思いつくような当たり前の課題?そうなんですけど、そうはいかない。それが文科省なのです。
マークシート形式のセンター試験だけで完結しかねない大学入試を憂慮して、「より思考力が問われる入試形式を」という部分的なアイディアだけを見ればそれほど間違っていない改革だったとは思うのですが、とにかくそのやり方も、優先順位の付け方に関しても、考えの浅さが際立った残念な内容となりました。
まあ、こんな失敗で学生、高校、大学関係者をはじめ本当に多くの人間に迷惑をかけた文科の人達にはしっかり責任をとってもらいたいですが・・・心配なのは、この大学入試改革と同じ失敗を、ギフテッド支援で今回もまたやらかしたりはしないか、ということです。
大学入試改革で文科がやらかした大きな失敗の一つが、現場の意見や懸念を無視して一方的にテスト形式を決めていったこと。まだ何も始まっていないのは百も承知なのですけど・・・上記の「教科書の内容を超えた発展的な学びの充実や、大学や民間団体が行う学校外の学びを利用すること」という具体策の記述を目にした時、大学入試改革で現場を置き去りにした文科の失敗を、思いださないわけにはいきませんでした。
どうかどうか、文科省が大学入試改革の失敗を繰り返しませんように。現場がそれをどう使うのか、使えるのか、本当に支援策として有効なのかという議論を軽視して外部の支援提供団体の意向にばかりおもねる、形ばかりの支援内容に拘泥しませんように。
高IQを中心としたギフテッドの誤解にもとづく支援になりませんように
ギフテッドについて書かれた朝日の記事の中に「高IQ」の3文字が含まれていなかったことは一つ嬉しいことではありました。でも、今後の文科省での議論の中で、IQを中心にギフテッドを捉える本質を外したギフテッド観が紛れ込む可能性は、ゼロではないのではないかとまだ心配しています。
以前の記事でも書いた通り、知能検査のスコアとして得られるIQは認知能力の発達に関して、子供の早熟性や、学年平均からの逸脱性を示す指標としてはそれなりに使えるのですが・・・
「IQが高いからギフテッド」はIQとギフテッドの因果関係を見誤った議論に進みがちです。知能検査のスコア、IQは、ギフテッド性が生みだす結果の一つでしかありません。ギフテッド性の本質は、あくまでその性格・行動特性、早熟性にあると考えられています。
だから、場合によってはその強烈な性格、早熟性、激烈なエネルギーが知能検査のスコアに現れない、すなわち高IQではないギフテッド(よくタレンテッドと呼ばれる)が現れるというのも、ごく自然な話。
一昨年そして去年とNHKで放送されたギフテッド特番では、IQのことを大して理解していないのが明らかな番組製作陣によって、あたかも「IQが高いことが才能、ギフテッド」であるかのような紹介がされていて本当に残念でしたが、文科省が実際の教育政策の議論でこんなレベルに終始するのは、笑い話では済まず本当に勘弁願いたいところ。
だって、ギフテッドの不適応に結びつく直接的な原因はといえば、やはりその性格と行動特性、早熟性の部分になる可能性が高いのです。ギフテッドのことをIQという間接的な指標を中心に捉えていては、有効な支援策なんてまとめられるはずがありません。
どうかどうか、文科省とタスクフォースが、IQについてろくに調べずにギフテッドとIQの関係を議論したり、IQを中心にした100年くらい前のギフテッド観に基づいてギフテッド支援策をまとめようとしたりしませんように。
文科省にぜひお願いしたいこと
上に書いたのは「これをやったら絶対上手くいかないに違いない」という話であって、ただの杞憂に終わってくれればいいだけの話です。しかし、それならギフテッドに対する支援は、どうすれば上手くいくのでしょうか?
とりあえず一つだけ、これだけは間違いないので文科省にお願いしたいと思う施策案があります。それは、教育現場、特に公立小学校の先生方に「平均的な授業ペースを非常に遅いと感じる子、退屈してしまう子」への合理的配慮を考えてもらうこと。
ギフテッドと一言で言っても、その性格や特徴は多様です。そうしたギフテッドの多様性を鑑みれば、その支援にトップダウン型の施策は基本的に馴染みません。そもそも型にはまらない存在なのだから、支援についても型にはまるわけがないのです。
従って、必要な配慮の内容もおそらく千差万別ということになるでしょう。うちの子みたいに、授業中に課題が終わってしまったら好きな本を読んでいて良いと言ってもらえれば問題ない子供もいることでしょうし、小学生の内容は簡単すぎて受け付けないという子供には、より高難度な内容を与える試みが必要かもしれません。
どんな子供がいて、どんな配慮で問題が解決できる可能性があるのかは、本当にケースバイケースと予想されます。個別の問題に上手く対処する方策は、子供との対話を通じ、「どこまでが合理的配慮か」という議論もしながら、現場でアイディアを出していくしかないと思います。
でも、そうした活動の全てのスタートラインは、知的発達の早熟性や、理解力の高さ、興味の強さが高じて学年相応の学習内容が簡単すぎてしまう、退屈に感じる子供に、その問題を個別に解決するための合理的配慮が必要だという意識を現場の先生方に持ってもらうこと。
こうした現場の意識改革がまず無ければ、有効な合理的配慮のアイディアは集まらないでしょうし、トップダウンでどんな潤沢な教育リソースが提供されたとしても、現場で上手く運用できずに猫に小判ということになる公算が高いのではないかと。
「年齢不相応にできすぎる子供への配慮の必要性を現場で認めること」それ自体は、決して派手ではないし大してお金が動く話ではないかもしれないけれど・・・この国がこれまで取ってきた平等、均質性を重んじる初等教育政策を考えた時、それは本当に大きな、本質的な転換を意味する一歩であると思うのです。
だから文科省には勇気をもって、その一歩を踏み出してほしい。その一歩は、ギフテッドへの支援という枠組みを大きく超えて、この国の教育を変えていくはずです。
今日7月14日には、ギフテッド支援に関する第一回の有識者会議が開かれるとのこと。今後2年で、文科省でのギフテッドに関する議論がどのように進んでいくか、見守っていきたいと思います。
<2021年7月16日追記>
コネチカット大大学院でギフテッド教育を学んでいる知久麻衣さんが第一回の有識者会議の様子と感想をまとめて下さっていました。
読むと中々に期待の持てる内容だったようです。個人的に「学校文化を変える必要性」に最初から言及があった点には、とても好感が持てました。これまでその「学校文化」を維持してきた文科省の人達に、有識者の方々の意見を通じて、多くの一般市民、「日本の学校文化」経験者の持つ問題意識が、正しく響いていきますように!
どうやら「支援ありき」の議論にはなっていないところも、とても安心できました。大学入試改革の失敗を検証した資料を見ていると、最初からある程度決まっていた結論にむけて、形だけの議論を進めていった過程が垣間見えます。https://www.mext.go.jp/content/20200513-mxt_daigakuc02-000007071_6.pdf
「ありき」の議論はただの思考停止であり、そこから良いものはまず生まれません。上の資料を見ると、大学入試改革の議論では、「あるべき結論」に向けて慎重論を呈した有識者が会議から外されたり、非公開の会議が行われたりといったことも起こったようですが・・・ギフテッド支援に関する今後の議論は、様々な意見をフラットに検討する姿勢を保ちながら、高い透明性をもって進んでいくことを願います。
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