努力する子の育て方

努力に勝る才能無し!努力の才能を育てる教育法、ボルダリングによる育児ハック実践、我が家の超個性的なギフテッド児の生態など

子供に叱り方を褒められて、しどろもどろの夜

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先日の夜のこと。寝る支度を済ませたケイが私のところに寄ってきて、言いました。

「お父さんってさ、いつも僕のことを考えて、叱ってくれているんだね」

この子が大人びたことを突然言い出すのは、これまでにもそれなりにある話でしたが・・・これほど達観した発言は、今まで無かったかもしれない。


叱られることをそんな風にポジティブに捉えることができるようになったのは、私の場合いつからだったか。まだ8歳。もしかしたらこの子は、メタ認知能力の発達も早いのかもしれません。

子供に意図が自然と伝わった喜び

これまで何度となく、ケイに雷を落としてきました。この日の前日も、あまりにしつこく絡んでくる弟をキレて突き飛ばしたかどで、キツ目に叱られたケイ。ケイがこんな話をしに来たのも、それがきっかけとしてあったでしょう。

自分としては、ケイの成長を願って、誠心誠意向きあいながら叱ってきたつもりではいました。感情任せで怒ったり、その時々で叱る基準と理由がブレたりしないように、細心の注意を払ってきたつもり。そして、叱ることになった内容と再発防止策を確認したら、あとはもういつも通り振る舞うように努めています。

それでも、自分が上手く叱れているかはわからなくて・・・上手い叱り方というのは、叱る側と叱られる側の関係性やらタイミングやらで変わってきてしまうものだから。

だから、この夜のケイの言葉は、正直とても嬉しかった。「君のやり方はそんなに間違ってないよ」って、子供からそういうお墨付きを貰ったような気がして。

想定にない展開に、返事に窮する

そう、お父さんは無暗に怒っているわけじゃないんだよ。考えてるんだよ。それをわかって貰えた嬉しさに、思わず「うん、そうだよ。お父さんはケイのことを考えて・・・」というセリフが頭に浮かんだ瞬間、強い違和感を感じて、ぐっとその言葉を飲み込みました。

ここで「うん、そうだよ」と言ったら、ケイの言葉に乗っかる形で、自分で自分の叱り方を是認することになってしまう。それって、自分に不安いっぱいすぎて「私があなたを叱るのは、あなたのためを思ってのことなんだよ」と結論を押し付けようとする、よくいる毒親みたいじゃないか。

しかし、8歳の子供に自分の叱り方を認めてもらうなんて展開は想像もしていなくて、なんと答えていいのやら、文章のストックが見つかりません。「そうでもないよ」いや、それは違う。「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」・・・うーん。

「うん・・・お父さんとしては、・・・そういうつもりでやってるけどね?」

文章として成立しているかちょっと怪しげな、歯切れの悪い返事を精一杯絞り出した私。でもケイは、私が必死に選んだ言葉のニュアンスなんて気に留める様子もなく、さらっと言って寝室へと消えていきました。

「僕のことを大切に思って叱ってくれて、僕は嬉しい」

嬉しかったけど、早すぎたなあ

静かに閉じられた寝室のドアを見つめながら、直前の会話を反芻する。なんかこの子、急に大人になった気がするなあ。

でも、突然大人びたことを言うかと思えば、幼さ全開ではしゃぎまわる、そんな二面性が同居するうちの子。きっと、まだこれからもケイのことを叱るだろうに、こんな風に途中で褒められたら、ますます気を付けて叱らないといけないじゃないか。

ケイの言葉は嬉しかったけど・・・ちょっとこの会話は、早すぎた気がするなあ。我が儘を承知で言えば、20年後に聞きたい言葉だった。それならきっと、何も気にせず「うん、そうだよ。それが伝わっていたなら嬉しい」と、私は言えたのに。その頃にはもう、ケイを叱ることも無くなっているはずだから。

まあ、育児が終わったその時に、ケイが同じ感想を持っていてくれているように、ブレずに頑張りましょうということですかね、結局。子供に叱り方を肯定してもらって、なんだか身の引き締まる思いのした、そんな夜でありました。