努力する子の育て方

努力に勝る才能無し!努力の才能を育てる教育法、ボルダリングによる育児ハック実践、我が家の超個性的なギフテッド児の生態など

ギフテッドの浮きこぼれ、うちの子の場合

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最近ずいぶん仕事が忙しく、すっかりまたブログがご無沙汰でした。更新が無いにも関わらず見に来てくださっていた皆様、またコメントやメッセージを下さっていた皆様には大変感謝いたしますと共に、反応が悪くご迷惑をおかけしており申し訳ありません。

記事を書けてい無かった間も当然毎日ケイとは接しているわけで、記事に書いておきたいと思うことは日々増えていっています。今日は、クローズアップ現代+でギフテッドが取り上げられた後、一番話題になっていた「浮きこぼれ」について、ケイを見ていて思うことを書いてみたいと思います。

うちの子も心配だった浮きこぼれ問題

クローズアップ現代で「ギフテッドゆえに勉強が理解できすぎて学年相応の授業が面白くなく、学校からドロップアウトする」という「ギフテッドあるある」が紹介された時、そのギフテッドに関する一般的な認識(誤解)とは逆の構図の存在が、多くの人に衝撃を与えたようでしたね。

うちのケイが小学校に上がる時は、情緒面とか集団行動面とか色々な心配事の中で、この浮きこぼれの問題も、大きな心配事の一つでありました。算数がかなり進んでしまっており、好奇心が授業の範囲を簡単に超え、毎日ずっと親に質問し続けているケイが、学校の型にはまった多人数制授業で退屈せずにやっていける気が全くしなかったのです。

しかしフタを開けてみると、学校の授業がつまらなくて困っているということは、ケイの場合これまで全くないようです。1年生の頃は「学校の勉強面白い!」と言っているケイを見て「幼稚園の時に終わった内容なのに、本当に??」と疑問を抱き続けていました。しかし、2年生になっても様子は変わらず、また先生との面談や授業参観などでもつまらなそうな様子が一切見られないので、今はもう本心から言っているものと認識しています。

では、ケイが学校の授業に順応したからと言って、ケイの型にはまらない旺盛な好奇心が無くなってしまったのかと言えば、それも全く違うようです。ケイの質問癖は未だに衰えを見せず、やはり学校の授業の枠なんて飛び越えて勉強をしたがります。最近は、「僕は理科が勉強したい。理科って4年生から?4年生の算数が終わったなら理科もできるんじゃないか」と理科の先取りを猛烈アピールしてきました。

いつも先へ先へと自分の興味とペースに従って進みたがるケイが、どうして既習の内容ばかりのはずの学校の授業で退屈しないのだろう?色々考えても、これはもう彼の性格の賜物としか言えないのだろうと感じています。

浮きこぼれるのを防いでいると思われるうちの子の性質

一度勉強した内容や、習って覚えたこと、すぐにわかってしまうことを繰り返し授業されるのは苦痛。それが一般的な感覚だと思いますし、私自身も子供の時似たようなことを感じていました。だから、5年生の知識で2年生の算数を受けている状況のケイが、その授業を毎日楽しく受けられているという事実には、中々共感しづらいものがあります。

でも、日ごろ様子を見ていると、ケイが授業中退屈しないでいられる理由というのは、こういう部分にあるのかな・・・というのがチラホラ垣間見えます。それが、ケイの「どんな些細なことにも興味を持てる、楽しめる」という性質です。

これについては以前ケイのADHD特性について考えた記事でも書きましたが、ケイは本当に些細なこと、普通あまり面白いとは思わないようなことにも非常に強く関心を示します。

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ケイが学校の宿題やZ会の課題など、学年相応の問題に取り組んでいる時の様子を見ていると、この「些細なことに興味を持つ」という性質が顕著に表れるように感じます。

例えば足し算の答えが「123」といった数字になると「見てこの答、きれいに並んでるー」と言って喜んでいたり、「55757」みたいな答になると「5と7ばっかり、見てこれ!」と言って騒がしくなります。

さらに、簡単な計算の問題でも筆算をせずに速く間違えずに解く、といった別の目標を作って取り組んでいたりして、簡単な計算にも自分なりの楽しみを見つけ出すことができているみたいです。こういう様子から、恐らくケイは学校でも、既習の内容については自分なりの目標を作って楽しんでやれているのだろうと想像できます。

友達と一緒というシチュエーションが楽しい

もう一つ、ケイが学校の授業を楽しめている要因だと思うのは、友達が一緒にいることです。ケイは何でも他人と一緒にやりたがります。公園遊びでもすぐに知らない子供に声をかけて一緒に遊んでいますし、ボルダリングも一人で黙々とやるよりも知り合いと一緒に登る方が楽しそうです。

大体半年おきにある児童精神科の先生との診察でも、「ケイ君学校楽しい?何が楽しい?」と聞かれて、「学校には友達がいるから楽しい!」とハッキリ答えていました。

きっと勉強もそうなのでしょう。知っている内容であったとしても、たくさんのクラスメイトと一緒に授業をうけるという状況が、彼に退屈を忘れさせてくれているのだと思います。

ケイに学校の授業の話を聞くと、肝心の授業内容については大して話をしてくれないのですが、友達が授業で発表した中で印象的だった内容などは「○○君がすごかったんだよ!」と楽しそうに話してくれたりします。

拡散的好奇心優位ということ

ギフテッドの特徴として「非常に好奇心旺盛」という点がよく指摘されます。ケイについてもそれは非常に当てはまるのですが、さらに細かく見ていくと、ケイの場合は拡散的好奇心の高さが非常に目立つという印象を持っています。(拡散的好奇心と特殊的好奇心の詳細については、以前の記事をご覧ください)

 

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ギフテッドの子の中には特殊的好奇心優位で、好きな分野をどんどん掘り下げていくタイプの子も沢山いますが、ケイの場合は一つの分野を集中して掘り下げるよりも、「あらゆるものに興味を持つ」と言った感じなんですよね。本当に、目に映るものは全て興味を持つと言うか、自分でやってみたいという気持ちがあふれてくるようで、ボクシングでも、スカイダイビングでも、とにかく日ごろからなんでも「やってみたい」と口にしています。

特殊的好奇心優位の場合、自分の興味と周囲の興味にズレがあるとコミュニケーションのズレが生まれがちですが、拡散的好奇心優位の場合には、そのズレの問題が起こりにくいのだろうと思います。

例えばケイの場合、誰か友達が好きなゲームの話をすると、それに非常に興味を持って帰ってきてキャラクターのことを調べたり、私達に質問してきたりと非常に楽しそうにしています。

自分は一度もプレイしたことのないゲームにそんなに興味を持てるのはすごいなといつも思っていますが、そういう拡散的好奇心の強さが周囲との興味のギャップを埋め、彼の学校生活や人間関係を円滑にしている部分は、かなりあるのではないかと感じています。

というわけで、うちの子の場合はこれまでのところ、学校での浮きこぼれはその予兆すら感じられません。もちろんこれから大きくなっていく間に状況が変わる心配は、頭の片隅にずっとへばりついているのですが。

 

 

ギフテッドもまた多様である

ギフテッドの浮きこぼれ問題は非常に深刻で、間違いなく今後この国の教育システムを改善していく中で、適切な対応が必要です。しかし、ギフテッド児が皆浮きこぼれるわけではないという事実が、浮きこぼれ問題の実態把握や、対策を難しくしている面があるのではないかと感じています。

ギフテッドの色々な事例を見聞きして強く感じることは、結局ギフテッドは非常に多様なものであって、「ギフテッドだからこう」という型にはまった対応でどうにかなる代物ではないのではないか、ということです。

例えばここで書いたように、同じ「異常な好奇心旺盛さ」でも、拡散的好奇心が旺盛か特殊的好奇心が旺盛かで、そこから生まれる性質は全く違うと考えられます。そしてギフテッドの「特性」を生み出すのは、好奇心だけというわけでもありません。

「ギフテッド」でもなんでもそうですが、こうした「ラベル」が世の中に広まる時には、どうしても単純化されたステレオタイプ(例えば「何でもできる天才児」)が先行してしまいやすいという面がどうしてもあります。

今後ギフテッドという概念が社会に広まる際にはその多様性が正しく理解された上で、効果的な対策の議論が進んでいくことを、強く願っています。